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新潟地方裁判所 昭和59年(わ)458号 判決 1988年3月25日

本籍

新潟市小針上山八番

住居

同番一三号

医師

野沢進

昭和一一年五月三一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官荒木俊夫出席、主任弁護人丸山正並びに弁護人村山六郎及び斎藤稔各出頭のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金三五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金七万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、医師であり、新潟市小針上山一〇番三四号において「野沢整形外科」を営むものであるが、

第一  自己の所得税を免れようと企て、医療収入の一部を除外し、架空又は過大の医療材料費を計上するなどの方法によって昭和五六年中の所得を秘匿したうえ、同年分の実際の総所得金額が別紙(一)及び(二)のとおり一億一五九〇万八〇六二円であったにも拘らず、昭和五七年三月一五日、新潟市営所通二番町六九二番地の五所在の所轄新潟税務署において、同税務署長に対し、昭和五六年分の総所得金額が三一八一万二一二七円でこれに対する所得税額が六八五万五九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、別紙(三)記載の同年分の正規の所得税額六四八三万二四〇〇円と右申告税額との差額五七九七万六五〇〇円を免れ、

第二  右第一と同様の企図及び方法で昭和五七年中の所得を秘匿したうえ、同年分の実際の総所得金額が別紙(四)及び(五)のとおり一億三九一六万六六〇四円であったにも拘らず、昭和五八年三月一五日、右第一の新潟税務署において、同税務署長に対し、昭和五七年分の総所得金額が三五二五万〇四九七円でこれに対する所得税額が八八五万九八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の方法により、別紙(六)記載の同年分の正規の所得税額八一五八万七六〇〇円と右申告税額との差額七二七二万七八〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実について

一  被告人の検察官に対する昭和五九年九月六日付供述調書

一  新潟県民生部国民健康保険課長、同部保険課長、新潟労働基準局長及び新潟県衛生部医務課長作成の各捜査関係事項照会回答書

判示冒頭の事実について

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の大蔵事務官に対する昭和五八年五月三一日付質問顛末書

判示第一及び第二の各事実について

一  第二回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する昭和五九年九月一〇日付、同月一三日付(一)及び(二)、同月一九日付(一)及び(二)並びに同月二七日付各供述調書

一  被告人の大蔵事務官に対する昭和五八年六月九日付、同月一〇日付、同年九月一日付、同年一〇月二六日付、同年一一月八日付(二通)、同月九日付(二通)及び昭和五九年一月二〇日付各質問顛末書

一  被告人作成の昭和五八年一〇月二六日付及び同年一一月九日付各答申書

一  第四回公判調書中の証人土田賢一の供述部分

一  第五回及び第六回並びに第二七回の各公判調書中の証人平田純敏の供述部分

一  第八回及び第一九回の各公判調書中の証人金尾勇三の供述部分

一  第一一回公判調書中の証人斎田茂の供述部分

一  第一二回公判調書中の証人池儀三郎の供述部分

一  第一七回公判調書中の証人本間一也の供述部分

一  第一九回公判調書中の証人吉田充及び同吉田豊の各供述部分

一  第二〇回公判調書中の証人小林敏彦、同相馬慶嗣及び同磯部正子の各供述部分

一  第二五回及び第二六回の各公判調書中の証人野沢和子の供述部分

一  証人松本健に対する更新前裁判所の尋問調書

一  安藤一寛、古川長司、加藤賢三、池儀三郎及び武田忠雄の検察官に対する各供述調書

一  前田豊子、菅井恵美子並びに野沢和子(同年一一月九日付及び同月一〇日付)の大蔵事務官に対する各質問顛末書

一  鈴木魏、木全均、長岡清和、肥野武彦、後藤雅通、森茂男(二通)、西田敏雄、田尾紀男、坂本克己、本間卓一郎、坂実、矢野日出夫、本郷昭治、松浦喜三、山形昇、君塚健次、村山正司、相馬慶嗣、東郷武、豊岡弘之(三通)、中村信治、塚田達司(二通)、堀健治、野沢和子及び金尾勇三作成の各答申書

一  大蔵事務官作成の保険診療収入調査書、窓口収入調査書、入院収入調査書、自由診療収入調査書、雑収入調査書、租税公課調査書、修繕費調査書、給料賃金調査書、利子割引料調査書、不動産所得調査書、雑所得調査書、地代家賃調査書、給食材料費調査書、研究費調査書、衛生費調査書、雑費調査書、専従者給与調査書、青色申告控除調査書、専従者控除調査書、利子所得調査書、医療材料費調査書抄本及び診療収入(訂正)調査書

一  大蔵事務官作成の同年一〇月二一日付及び昭和六二年一〇月二七日付各査察官報告書

一  大蔵事務官作成の北越銀行小針支店調査関係書類、山形銀行新潟店調査関係書類及び第四銀行小針支店調査関係書類

一  大蔵事務官作成の現金・預金・有価証券・印章等確認書

一  検察事務官作成の昭和五九年一〇月一九日付電話聴取書

一  弁護人作成の昭和六一年七月一五日付(四通)、昭和六二年七月六日付、同年一〇月一五日付及び昭和六三年一月二九日付各報告書

一  新潟税務署長作成の証明書六通

一  大蔵事務官作成の差押顛末書

一  押収してある固定資産台帳入封筒一袋(昭和六〇年押第一四号の4)、有徳有限会社の昭和五五年度現金出納帳一冊(同号の13)、同年度仕訳書一冊(同号の14)及び同年度総勘定元帳一冊(同号の15)、磯部正子の業務日誌一冊(同号の16)、「一般販売業の許可について」と題する書面写一枚(同号の17)、医療用具販売業届出済証写一枚(同号の18)、「証明願について」と題する書面一枚(同号の19)、池儀三郎作成のメモ及び「メデイカル・サービス法人の設立・運用とその節税効果」と題する文献写一綴(同号の20)、同人作成のメモ及び「医療設備法人」と題する文献写一綴(同号の21)、金銭消費貸借契約公正証書謄本一通(同号の22)、同証書正本一通(同号の23)、継続的商品売買基本契約書二通(同号の24)、「MS法人(メデイカルサービス法人・別会社)の具体的運営の実際」と題するメモ写一綴(同号の25)、「昭和五四年度分決算予定」と題する書面写一枚(同号の26)、「MS法人の活用モデル」と題する書面写一枚(同号の27)、請求書控一綴(同号の30)、薬価・点数早見表(乙表)昭和五四年五月改正版一冊(同号の31)並びにだいし総合口座通帳一通(同号の35)

一  被告人の当公判廷における供述

一  第二一回、第二三回、第二四回及び第二六回の各公判調書中の被告人の供述部分

判示第一の事実について

一  第一〇回公判調書中の証人藤城雄爾の供述部分

一  弁護人作成の昭和六二年七月一六日付及び同年九月二六日付報告書

一  株式会社日医工新潟作成の昭和五六年分の領収書・請求書綴写

一  第四銀行小針支店作成の有徳有限会社代表取締役野沢和子名義普通預金通帳写

一  武田忠雄作成の昭和五六年度領収書・伝票一綴(写し)

一  押収してある総勘定元帳(昭和五六年分)一綴(昭和六〇年押第一四号の1)、伝票綴(一三枚のもの)一綴(同号の8)及び薬価基準点数早見表(乙表)昭和五六年九月総合版(同号の32)

判示第二の事実について

一  第一二回公判調書中の証人斎藤国雄の供述部分

一  椎谷孝二の検察官に対する供述調書二通

一  田上忠正及び斎藤国雄作成の各答申書

一  大蔵事務官作成の退職金調査書

一  検察事務官作成の昭和五九年九月一一日付及び同月一三日付各報告書

一  弁護人作成の昭和六二年九月三〇日報告書

一  押収してある総勘定元帳(昭和五七年分)一綴(昭和六〇年押第一四号の2)、メモ(レポート用紙に記載されたもの)五枚(同号の3)、伝票綴(三枚に整理されたもの、一六枚に整理されたもの、一一二枚のもの及び二四枚のもの)各一綴(同号の5ないし7及び9)、諸経費綴一綴(同号の10)、請求書一冊(同号の11)、普通預金通帳(被告人名義及び有限会社有徳名義)各一通(同号の28及び29)、並びに昭和五七年度領収書・伝票一綴(同号の34)

(事実認定の補足説明)

一  医療収入について

弁護人らは、被告人の本件各年度における医療収入は、昭和五六年分が保険診療収入一億八三七四万八五二八円、一般窓口収入一四九七万二〇〇六円、入院収入八〇万六〇〇〇円及び自由診療収入五二八四万〇六〇五円の合計二億五二三六万七一三九円、昭和五七年分が保険診療収入一億八〇四二万八七二五円、一般窓口収入一三九〇万七一八七円、入院収入一八一万九二二一円及び自由診療収入八三二三万四三八九円の合計二億七九三八万九五二二円にそれぞれ止まるものであり、右医療収入が昭和五六年において二億五二八三万九八四二円、昭和五七年において二億八〇〇五万四〇一二円に上がるとする検察官の主張は右各合計額を超える部分において理由がない旨主張するので、以下、争いのある各収入科目について個別に検討する。

1  一般窓口収入について

(一) 弁護人らは、本件各年度における被告人の一般窓口収入に係る検察官主張額である昭和五六年一五一一万六七七二円、昭和五七年一三九五万一五三四円のうち、昭和五六年について一四万四七六六円、昭和五七について四万四三四七円の各収入はいずれも存在しなかった旨主張するので、この点について検討する。

(二) 弁護人作成の昭和六二年七月一六日付、同年九月二六日付及び同月三〇日付各報告書は、いずれも右(一)の弁護人の主張に副うものであり、大蔵事務官作成の窓口収入調査書(以下「窓口収入調査書」という。)における一般窓口収入算定の根拠となった被告人経営の「野沢整形外科」(以下「本件病院」という。)における本件各年度の外来診療録と右調査書の内容とを対照した結果が記載されているものであるが、他方、大蔵事務官作成の同年一〇月二七日付査察官報告書(以下「本件査察官報告書」という。)は右各報告書において指摘された右調査書における右収入の過大計上を右診療録に基づいて個別に再検討した結果を記載したものであり、その内容は、右各報告書に添付された右診療録の写の記載及び右再検討の結果の説明として記載されているところに照らして合理的であり、十分な信を措けるものと認められ、右各報告書の内容中、右査察官報告書の内容と反する部分は右診療録等の検討不十分等によるものであって信用することができない。

(三) 右のとおりであるので、右(一)記載の検察官主張額は右(二)の査察官報告書及び窓口収入調査書によって十分これを認めることができるから、弁護人らの右(一)の主張は理由がない。

2  入院収入について

(一) 弁護人らは、本件各年度における被告人の入院収入に係る検察官主張額である昭和五六年一一一万三〇一七円、昭和五七年二〇八万二三六四円のうち、昭和五六年について三〇万七〇一七円、昭和五七年について二六万三一三四円の各収入はいずれも存在しなかった旨主張するので、この点について検討する。

(二) 弁護人作成の昭和六二年一〇月一五日付報告書(以下「報告書(一)」という。)は右(一)の弁護人らの主張に副うものであり、他方、本件査察官報告書は、右報告書の内容中、昭和五六年における近嵐耕一の入院に係る診療収入三万九〇〇〇円だけを大蔵事務官作成の入院収入調査書(以下「入院収入調査書」という。)記載の入院収入から減算すべきであるとして、右調査書と相俟って右(一)記載の検察官主張額に副う内容となっているので、以下、右報告書と右査察官報告書の相違点について検討する。

(1) 昭和五六年分の入院患者診療収入について

被告人の当公判廷における供述(以下更新前のものをも含めて「公判供述」という。)及び報告書(一)によると、西山和栄及び田中一枝の入院に係る診療録を領置先の新潟地方検察庁において発見することができなかったため、右両名に係る入院診療収入は存在しないとするが、入院収入調査書に右両名の入院についてのカルテ番号及び入院期間等の記載があること等に照らすと、右調査書の記載は右診療録を調査した結果に基づくものと認められ、他方、被告人の右供述によっても、被告人は右の領置に係る全ての診療録を検索したものではないことが明らかなので、右両名の診療録は現に存在し、その入院診療収入は右調査書に記載のとおりであると認定するのが相当である。

(2) 昭和五七年分の入院患者診療収入(報告書(一)の別表<1>)について

(ア) 渡辺成一分について

被告人の公判供述及び報告書(一)によると、渡辺成一の入院に係る診療収入として入院収入調査書に計上されている金額中、昭和五七年二月分の一一四〇円は、弁護人作成の昭和六三年一月二九日付報告書(以下「報告書(二)」という。)添付の右渡辺の入院に係る診療録の写に記載がなく、計上の根拠が不明であるので減算するべきであるとするが、被告人の入院患者に係る診療収入中にはほかにも後記(カ)のとおり診療録に記載されていないものが存在するうえ、右調査書には右金額が昭和五七年二月分の診療に係るものとして同月三日に請求されて支払われた旨明確に記載されており、その他右調査書の作成経過等に照らし、右金額に係る収入は存在したものと認めるが相当である。

(イ) 大場隆策分について

被告人の公判供述及び報告書(一)によると、大場隆策の入院に係る診療収入として入院収入調査書に計上されている金額中、昭和五七年四月八日から二四日までの入院に関する六五〇〇円及び一〇〇〇円について、同人は交通事故の被害者であるにも拘らず、所謂社会保険の被保険者として受診したものであるが、右入院に係る右金額の自己負担分は、右事故の加害者の加入していた責任保険によって支払われたことによって自由診療収入に計上されており、右大場からは受領していないとする。

しかし、報告書(二)添付の右大場の入院診療録の写によると、同人の入院期間は<1>同年三月四日から四月五日まで及び<2>同月八日から二四日までの二回であり、右<2>の期間についての診療報酬合計二七万〇二三〇円が健康保険機関に対して請求ずみであることが認められ、右調査書によると、右<1>の入院については事故による入院として、入院診療収入に計上されていないことが認められ、また、大蔵事務官作成の自由診療収入調査書(以下「自由診療収入調査書」という。)によると、被告人は右大場に係る同年三月三日から六月七日までの診療報酬として同年三月二九日に五九万八七六〇円、同年九月一六日に一五万三五〇〇円をそれぞれ右責任保険の保険会社に対して請求したものであり、右<2>の入院に係る右診療報酬額については右各請求の日及び金額に照らして右会社に対する請求をしなかったことが認められるので、以上の各事実を総合すると、右大場に係る診療報酬中、右会社からの責任保険金によって支払われたのは右<1>の入院及び右<2>の期間以降の通院に関する分だけであり、右<2>の入院に関する分は健康保険機関から支払われるとともに、その患者負担分である右金額は右大場から支払われたものと認定するのが相当である。

(ウ) 石坂武彦分について

報告書(一)によると、石坂武彦の入院に係る診療収入として入院収入調査書に計上されている金額中の七五一六円は、同人の患者負担分が全診療報酬の二割に止まるべきであるので減算されるべきであるとし、報告書(二)添付の同人の入院診療録の写によると、同人は所謂社会保険の被扶養者として入院し、その昭和五七年一一月中の入院に係る全診療報酬は七万五一六〇円であったことが認められるところ、右(二)記載の調査書においてはその三割に当たる二万二五四八円を同人の患者負担額として計上しており、これは昭和五九年法律第七七号による改正前の健康保険法五九条の二第二項二号に照らして失当であり、報告書(一)による指摘のとおり七五一六円は過大に計上された収入であると認められるので、右金額を減算するべきであるとする弁護人らの右(一)の主張はこの部分について理由がある。

(エ) 永村忻也、棚橋美智子、河瀬孝志及び斉藤サク分について

報告書(一)によると、永村忻也、棚橋美智子、河瀬孝志及び斉藤サクの各入院に係る診療収入として入院収入調査書に計上された金額中の昭和五七年一二月の診療に関する分は、いずれも翌年の請求に係るものであるので昭和五七年の収入に計上するべきでないとし、菅井恵美子の大蔵事務官に対する質問顛末書によると、入院患者の自己負担額は原則として健康保険機関に対する請求手続終了後の翌月一〇日ころに請求していたことが認められるが、右調査書によると、入院期間がそれぞれ同年一二月三〇日まで及び昭和五八年一月八日までであった清水武夫及び森キチについてはいずれも昭和五七年一二月の診療に関する右負担額が同年中には入金しなかったものとして収入額から減算されているのに対し、右四名の退院日は右永村が同年一二月一〇日、右棚橋が同月二〇日、右河瀬が同月一一日、右斉藤が同月一八日であることが関係証拠上明らかであることに照らすと、右四名が右各退院日又は遅くとも同月中に入院診療に係る患者負担額を支払ったものとして同年中の入金に計上した右調査書の内容は、同調書の作成経過に鑑み、相当と認めることができる。

(オ) 斉藤サク分について

ところで、報告書(一)による指摘はないが、報告書(二)によると、斉藤サクは所謂社会保険の被扶養者として入院し、その昭和五七年一二月中の入院に係る全診療報酬額は一八万七八三〇円であったことが認められるところ、入院収入調査書によると、同女の同月中の入院診療に係る患者負担額として右金額の三割が同負担額の最高限である三万九〇〇〇円を超えるとして同額を収入に計上していることが認められる。しかし、前記(ウ)において述べたと同様の理由で、同女の右負担額は右全診療報酬額の二割に当たる三万七五六六円となるものであって、そうであれば、右調査書の右計上は一四三四円について被告人の収入を過大に計上したものといわざるを得ない。

(カ) その余の患者分について

報告書(一)によると、右(ア)ないし(オ)以外の患者一〇名の各入院に係る診療収入として入院収入調査書に計上された金額中の各八〇〇円は、右一〇名の入院期間から算出される患者負担額に照らして過大であるとし、被告人は公判廷において、右各八〇〇円はいずれも初診料として計上したものと思うが、それは外来の一般窓口収入として既に計上されている旨供述するが、報告書(二)添付の右一〇名に係る入院診療録の写によると、右一〇名はいずれも初診の当日にそのまま入院したことが認められ、窓口収入調査書によると、右一〇名の中には、少なくとも右各八〇〇円が一般窓口収入として計上されたことの明らかな者はいないうえ、各初診月の右収入が皆無の者も少なくないことが認められるので、入院収入調査書の作成経過に照らすと、初診料を一般窓口収入に計上しなかった右一〇名については入院診療収入に計上したものと認めるのが相当であり、右調査書に右の過大計上はないものと認められる。

(キ) まとめ

以上のとおりであるので、入院収入調査書において計上された昭和五七年の入院患者診療収入中、右(ウ)及び(オ)において認定したとおり、合計八九五〇円が過大というべきであるが、報告書(一)の別表<1>のその余の部分は信用することができない。

(3) 入院諸経費の収入(報告書(一)の別表<2>)について

(ア) 相馬正夫分について

報告書(一)及び被告人の公判供述によると、被告人作成の昭和五八年一一月九日付答申書(以下「本件答申書」という。)に基づいて計上された入院諸経費の収入中の相馬正夫に係る分は、同人が被告人の知人であったため右経費を徴収しなかったので不存在であるとするが、関係証拠によると、本件の査察段階で本件病院の本件各年度における入院患者についてその入院の期間及び病室は判明していたものの、被告人を含む関係者から特定の病室の入院患者全てから右経費を徴収していたものではないとする申立がなされたため、その申立を査察官において認めた結果、右答申書に基づいて右経費に係る収入を認定したものであり、右答申書の内容においても右経費を徴収するべき病室の入院患者の一部だけから徴収を行ったとしており、被告人はその作成後、検察官に対する昭和五九年九月一〇日付供述調書中で右答申書を示されたうえ、その内容が正確である旨供述していることに照らしても、右答申書は右関係者の作成時の記憶に基づいて作成された信用性の高いものであることが認められる。これと対比すると、右相馬に係る右経費の収入が不存在であるとする右の理由は同人の入院から約六年を経過した後の記憶や調査に基づくものである点に照らしてもその根拠が薄弱であるといわざるを得ず、前記各証拠は信用することができない。

(イ) 海老名正夫分について

報告書(一)及び被告人の公判供述によると、海老名正夫が入院していた病室は患者二名用の病室であり、所謂差額ベッド料としての入院諸経費は一日当たり一五〇〇円であったので、これを三〇〇〇円として計算した本件答申書に基づく右経費の収入の計上は四万八〇〇〇円が過大であるとする。

しかし、入院収入調査書によると、被告人は患者の希望でその病室に他の入院患者を入れなかった場合には右病室が通常右経費を徴収していた病室でなくても右経費を徴収していたところ、右海老名の入院期間の大部分は同人だけで右の患者二名用の病室を使用していたことが認められるので、右答申書の右記載は不合理なものとはいえず、右(ア)において認定した右答申書の作成経過に照らすと、その記載は十分に信用できるものと認められ、前記各証拠の内容は信用することができない。

(ウ) 鶴巻和子分について

報告書(一)及び被告人の公判供述によると、鶴巻和子は交通事故の被害者であるにも拘らず、国民健康保険を使用して受診したものであり、入院諸経費は右事故に係る責任保険の保険会社に請求したので、同女からは徴収しなかったとするが、自由診療収入調査書を精査しても同女の入院に係る診療報酬等を被告人が保険会社に請求した旨の記載がないことに照らすと、被告人が右経費を右保険会社に請求したことはなかったものと認められ、前記各証拠の右内容はその前提を欠き信用することができず、本件答申書のとおり被告人は同女から右経費を受領したものと認められる。

(エ) 長沢ハン及び志賀せき分

報告書(一)及び被告人の公判供述によると、長沢ハン及び志賀せきは新潟市による高齢者に対する医療費の補助制度の対象者であるので、入院諸経費を徴収していないとするが、右制度は入院を含む通常の診療報酬の自己負担額を同市が補助するに過ぎないものであり、所謂差額ベッド料としての右経費を患者から徴収するか否かは被告人の自由であつたことに照らすと、右各証拠の内容は根拠が薄弱であって直ちに信用することができず、右(ア)において認定したとおり十分な信用性を有する本件答申書によって被告人は右長沢及び志賀から右答申書記載の右経費を徴収したものと認めるのが相当である。

(オ) まとめ

以上のとおりであるので、報告書(一)の別表<2>及びこれに関する被告人の当公判廷における供述は全て信用することができず、本件答申書によって検察官主張のとおり被告人の入院諸経費に係る収入が存在したものと認めるのが相当である。

(三) 結び

以上のとおりであるので、被告人の本件各年度の入院収入については、入院収入調査書において計上された金額中、昭和五七年分の右(二)(2)(キ)記載の八九五〇円が過大に計上されたものとして減算するべきであるが、それ以外の点に関する被告人の公判供述及び報告書(一)は信用することができず、採用の限りでない。

3  自由診療収入について

(一) 弁護人らは、本件各年度における被告人の自由診療収入に係る検察官主張額である昭和五六年分五二八六万一五二五円、昭和五七年分八三五九万一三八九円のうち、昭和五六年について二万〇九二〇円、昭和五七年について三五万七〇〇〇円の各収入はいずれも存在しなかった旨主張するので、この点について検討する。

(二) 自由診療中の交通事故分(報告書(一)の別表<3>)について

被告人の公判供述及び報告書(一)によると、自由診療収入調査書において計上された昭和五六年の自由診療収入のうち五名の交通事故による患者からのいずれも現金による入金合計二万〇九二〇円については入金がなかったものであるとするが、本件査察官報告書によると、右五名に係る各診療録に右金額の記載があるうえ「未納扱い」の表示は存在しないとされており、また、報告書(一)の別表<3>には右五名について「カルテコピー有り」と記載されているにも拘らず、右報告書に対応する診療録の写を添付した報告書(二)を初め本件記録中に右五名に係る診療録及びその写は存在しないうえ、被告人の大蔵事務官に対する昭和五九年一月二〇日付質問顛末書及び検察官に対する同年九月一〇日付供述調査書中において、被告人が本件の捜査段階で右調査書とそれに係る診療録とを対比したうえで右調査書の正確性を確認していることに照らすと、被告人の右供述及び報告書(一)の右内容は根拠を欠き、信用することができず、右調査書のとおり右五名からの右入金は存在したものと認めるのが相当である。

(三) 自由診療収入中のその他の収入(報告書(一)の別表<4>)について

報告書(一)及び被告人の公判供述によると、自由診療収入調査書に昭和五七年の自由診療収入中のその他の収入として計上された小林貞夫の入院に係る有限会社創芸社振出の小切手による三五万七〇〇〇円の入金については昭和五七年の入院治療費及び入院諸経費の収入として既に計上されているので、二重に収入に計上されているとするが、他方、本件査察官報告書によると、入院収入として計上したのは右入院に係る収入の一部に止まるのであり、収入の計上に重複はないとしているから、右両者のいずれを信用するべきかを以下において検討する。

<1>右調査書によると、右入金は同年七月二日に右小切手によって被告人の株式会社北越銀行小針支店の預金口座に入金されたものであることが認められ、<2>大蔵事務官作成の昭和五八年一〇月二一日付査察官報告書によると、右小切手は右会社(右査察官報告書において「(有)倉芸社」とあるが誤記と認められる。)の社長である右小林がスキーによって骨折したための入院費用の支払のために振り出されたものであるとが認められ、<3>入院収入調査書によると、右小林は、昭和五七年四月五日から六月三〇日まで入院し、所謂社会保険の被保険者として同年四月及び五月分の患者負担分一万三八〇〇円及び二〇〇〇円を支払ったが、それ以外の現金による入金は存在しないことが認められ、<4>本件答申書によると、右小林の右入院期間中の入院諸経費二六万一〇〇〇円を被告人が請求したことが認められ、これに基づいて右調査書に同額の収入が計上され、<5>窓口収入調査書によると、右小林は同年七月中も所謂社会保険の被保険者として外来において受診したことが認められる。

右認定の各事実に基づいて判断するに、報告書(一)によると、右三五万七〇〇〇円の内訳は、治療費一万五〇〇〇円、付添寝具一万八〇〇〇円(一日当たり五〇〇円)、松葉杖売上一万五〇〇〇円、診断書四五〇〇円(一通当たり一五〇〇円)、諸経費三〇万四五〇〇円(一日当たり三五〇〇円)であるとするが、関係証拠上入院諸経費の最高限は日額三〇〇〇円であることが明らかであるにも拘らず、付添人用の寝具の他に右経費が日額三五〇〇円であるとしている点及び治療費一万五〇〇〇円の内容が不明であって同年四月五日から六月三〇日までの少なくとも保険診療による入院治療費としては金額が不合理である点に照らし、右報告書の内容は信用することができず、また、右<3>で認定した収入の計上は、同年六月分の計上がないことに照らして請求直後に現金による収入があったものと認められるので、右小切手による入金との重複は存在しないものと認められる。しかし、右<4>で認定した収入の計上については、関係証拠上右諸経費は一般には現金で支払われていたことが認められるが、右小林の右諸経費の支払方法を具体的に認定し得る証拠は存在しないこと、右小切手による入金は自由診療収入に計上されているが、右<3>及び<5>のとおり右小林は右入院及びその後の通院期間中を通じて所謂社会保険の被保険者として受診したものと認められるところ、右小切手による右入金日及び同人の右退院日から判断すると、同小切手による支払は右入院に係る費用に関するものと認められるので、同小切手の金額は右<4>の入院諸経費を含まないものとすると不合理に高額であることを指摘することができ、以上述べたところから判断すると、右<4>のとおり計上された右経費二六万一〇〇〇円及び右<3>のとおり計上されて現金で支払われた分以降同年六月三〇日までの入院診療報酬等の合計額が三五万七〇〇〇円となり、これが右小切手によって支払われたものと認定するのが相当であり、結局、右二六万一〇〇〇円だけが自由診療収入と入院収入とに重複して計上されたものと認められる。

(四) まとめ

以上のとおりであるので、被告人の本件各年度の自由診療収入中、過大に計上された金額は右(三)のとおり昭和五七年分の二六万一〇〇〇円だけであると認められる。

4  結び

以上のとおり、被告人の医療収入は、前記検察官主張額から右2(三)及び3(三)記載の昭和五七年分合計二六万九九五〇円の過大計上額を控除し、昭和五六年が二億五二八三万九八四二円、昭和五七年が二億七九七八万四〇六二円となることが認められ、右過大計上額を超える部分の弁護人らの前記主張は理由がない。

二  雑収入について

1  医療材料の売上収入について

(一) 弁護人らは、検察官が被告人の本件各年度における雑収入として主張する金額中、医療材料の売上に係る収入とする昭和五六年の二七七万二〇二〇円及び昭和五七年の一六〇万八三六〇円は、いずれも有徳有限会社(以下「有徳」という。)が関東医師製薬株式会社(以下「関東医師製薬」という。)に対して売り渡した医療材料代金の合計額であるから、被告人の雑収入を構成しないと主張するので、この点について検討する。

(二) 被告人の公判供述、証人小林敏彦及び同相馬慶嗣の各供述並びに同人作成の答申書によると、右(一)記載の各金額に相当する医療材料の売上が有徳名義で関東医師製薬との間で行われた取引によるものであることが認められるが、右各証拠及び弁護人村山六郎作成の昭和六一年七月一五日付報告書四通によると、昭和五四年七月以降少なくとも本件各年度まで関東医師製薬からの医療品及び医療材料の購入も有徳名義で行われていたことが認められるところ、被告人の検察官に対する昭和五九年九月一三日付供述調書(一)によると、有徳名義での右売上は関東医師製薬からの右購入に係る代金の値引の代わりに有効期限の切れた輸液セット及びレントゲンフイルム等を右会社に買い取らせたものであることが認められるので、後記三1(二)における認定のとおり有徳名義での医薬品の購入が被告人の必要経費に帰属するものである以上、実質上その仕入代金の値引の趣旨で行われた右売上による収入も被告人の収入を構成するものというべきであるから、弁護人らの右(一)の主張は理由がない。

2  看護婦から徴収した食費について

(一) 弁護人らは、検察官が被告人の本件各年度における雑収入として主張する金額中、被告人が看護婦から徴収していた食費に係る収入とする昭和五六年の九五万三〇〇〇円及び昭和五七年の六九万〇五〇〇円は、いずれも被告人の収入を構成するものでなく、またそうでないとしても、右金額について被告人に故意がなかった旨主張するので、この点について検討する。

(二) 大蔵事務官作成の雑収入調査書及び被告人の検察官に対する昭和五九年九月一三日付供述調書(一)並びに証人野沢和子の供述によると、被告人はその病院において勤務していた看護婦らに支給した食事に係る食費を各看護婦に支払う給料中から徴収しており、その本件各年度における合計額が右(一)記載の金額に上ることが認められるので共同住宅等に居住させていた右看護婦ら自身について生じ、本来各自が直接支払うべき光熱費及び右共同住宅の費用等を被告人が立替払する趣旨で右給料中から徴収した場合とは明らかに異なるから、右食費は被告人の雑収入を構成するものと認めるのが相当である。

そして、被告人に本件各年度の所得の一部を不正に隠匿するなどして過少申告をする旨の概括的な認識がある以上、個々の収入及び必要経費に関する個別的な認識がなくても、右各年度分の所得税の逋脱の故意が存するものと解すべきであるから、被告人の右食費に関する認識の有無は右故意の存否に影響しないものというべきであるうえ、右各証拠によると、被告人は右食費の徴収の事実を知っていたことが認められ、それにも拘らず右各年度の所得税の確定申告に際して右各金額を自己の収入に計上しなかったものである以上、仮に被告人が右食費を収入として計上しなければならないことを知らなかったとしても、それは法律の錯誤であるに止まり右各金額に関する逋脱の故意に欠けるところはない。

したがって、弁護人らの右(一)の主張はいずれも理由がない。

三  医療材料費について

弁護人らは、本件各年度における被告人の事業所得に関する必要経費中の医療材料(医薬品を含む。以下同じ。)費は、検察官の主張する昭和五六年分三七三二万三〇三四円、昭和五七年分四四九九万五〇四一円に止まるものではなく、昭和五六年分が七九七一万九三二八円、昭和五七年分が九六六六万五七七八円に上るものであり、その理由として、(一)被告人が有徳から購入した医療材料について同社の取引主体性を認めてその購入額を被告人の医療材料費とするべきであり、(二)仮にそうでないとしても、被告人が株式会社日医工新潟(以下「日医工新潟」という。)他二業者から仕入れた医療材料費は検察官の主張より多く、(三)被告人の右各年度の棚卸資産額は通年一定と認められると主張し、(四)更に、棚卸資産及び買掛金の修正という会計原則に外れた処理に基づく確定申告が行われたことについて、被告人に故意がない旨主張するので、以下、弁護人の右各主張について検討する。

1  有徳の取引主体性について

弁護人らは、有徳が医療材料の販売について商法上及び薬事法上の権利能力及び行為能力を有し、医療材料の販売業者(以下「業者」という。)との間で仕入及び代金支払を行ったうえ、被告人に対して医薬品を薬価の八割で、それ以外の医療材料を仕入価格の一二割で転売していたものであるから、被告人の有徳に対する医療材料の購入代金を被告人の事業所得に関する必要経費として認めるべきであって、現に、検察官も不動産取引については有徳の取引主体性を認めている旨主張するので、以下、この点について検討する。

(一) 被告人の有徳からの医療材料の購入の有無について

(1) 関係各証拠によると、有徳と被告人との間の医療材料の取引(以下「本件医療材料取引」という。)について次の各事実が認められる。

(ア) 被告人は、開業医としての自己を医療業務に専念させるとともに、自己に生ずる所得を分散して租税負担の軽減を図るための方策としてメデイカルサービス法人の設立を企図し、昭和五四年三月一三日、自己の妻である野沢和子(以下「和子」という。)及び四名の子を社員として出資させたうえ、資本の総額を五五〇万円、取締役を和子、目的を医療材料の販売及び土地、家屋の賃貸等と定め、同月一四日に有徳を設立した。

(イ) 有徳は磯部正子(以下「磯部」という。)との間で昭和五四年夏ころに同女を薬事法二七条及び八条二項所定の管理薬剤士として給料月額一〇万円で常勤雇用する旨の雇用契約(以下「磯部との本件雇用契約」という。)書を交わしたが、磯部は、実際上その後昭和五六年末ころまでは自己の都合の良い日に週一回、昭和五七年初めころから退職した同年終りころまでは同様に月一回程度、いずれも一回について約二時間しか勤務しなかったところ、有徳からは同女の右勤務状態に対して特段の異議の申出はなく、また有徳から同女に支払われた給料月額は右期間を通じて五万円であった。

(ウ) 有徳は、磯部との本件雇用契約の書面を作成した後、同書面等を添えて新潟県知事に対して薬事法二五条一号の医薬品の一般販売業の許可を申請し、昭和五四年一〇月二六日に同知事から右許可を取得するとともに、同日までに同法三九条一項所定の医療用具販売業の届出手続を終えた。

(エ) 被告人は自分で、又は和子に指示を与えて、有徳の右(ア)の設立後昭和五四年末ころまでの間に、それまでの被告人の医療材料の仕入先であった本間薬品株式会社他一〇名の業者に対して爾後の医療材料の買受人を被告人から有徳に変更する旨伝え、以後、右各業者からの納品書、請求書及び領収書はいずれも有徳宛に発行されるようになったが、右各業者に対する医療材料の注文は被告人が自分で、又は、和子に指示して行い、医療材料の納品は右注文の際の指示によって多くの場合直接本件病院に対して行われ、有徳の表札が掲げられたアパートの一室である倉庫に対する納品はごく一部の場合に限られていた。

(オ) 右(エ)のとおり有徳名義で仕入れられた医療材料は、右の仕入が開始されてから少なくとも昭和五七年末までの間において、全て例外なく被告人の病院における医療行為に使用され、或いは、それが予定されていた。

(カ) 被告人と有徳は昭和五四年一〇月二六日付で継続的商品売買契約書を作成したが、同契約書においては、売買商品の品名、数量、単価、引渡条件、代金支払期限、方法及びその他の条件は、その都度の個別的売買契約において定め、被告人の注文書と有徳の注文請書の交換により、同請書の交付の時に個別的売買契約が成立するが、特約により簡易かつ敏速な方法によることを妨げない旨規定されているところ、被告人と有徳との間において、右の後少なくとも昭和五七年末までの間に右特約が明示的に締結された事実はない。

(キ) 有徳の総勘定元帳、現金出納帳及び仕訳帳の会計帳簿並びに本件医療材料取引に係る納品書、請求書及び領収書は、昭和五五年一月ないし三月分について、被告人がかねてから有徳の設立及び運営の助言及び指導を依頼していた経営コンサルタントの高橋幸男(以下「高橋」という。)によって作成、記帳されていたものの、同年四月以降少なくとも昭和五七年末に至るまでの分については、昭和五五年四月ころ、同人に対する報酬等の費用が嵩んだことなどから右の依頼を解いたことに伴って右各帳簿及び伝票は全く作成、記帳されなくなった。なお、右のとおり作成された各伝票によると、本件医療材料取引における販売価格は薬価の四割六分から一七割一分の範囲内で定められていた。

(ク) 有徳の業者に対する仕入代金の支払はいずれも被告人の指示によって和子が、主として株式会社第四銀行小針支店の有徳名義の普通預金口座(以下「有徳口座」という。)から所要金額を払い戻して各業者の預金口座に振込送金する方法で行われていたが、一部の業者に対しては有徳口座から所要金額を払い戻し、或いは、和子又は被告人の手持の現金で直接支払われることもあった。

(ケ) 昭和五六年一月から昭和五七年九月までの有徳口座の入金額の大部分は同一の銀行支店に設けられた被告人名義の預金口座(以下「被告人口座」という。)から毎月末に一回の割合で払い戻された金額と同額が一回の例外を除いてその日の内に入金され、右例外の場合は一〇〇万円が払い戻された二日後に三〇〇万円が入金されたものであり、右例外の場合以外の金額は二四〇万円、三五〇万円及び五〇〇万円が各一回あったほかは三〇〇万円が五回、四〇〇万円が一二回というものであった。更に、右の毎月末の入金以外に有徳の支払の必要に応ずる形で四〇万円から二〇〇万円の右同様の払戻及び入金が右期間中に五回あったが、以上のほかには被告人から有徳に対する資金の移動は全くなかった。なお、昭和五七年一〇月から同年一二月までの間は右各口座間の資金移動も存在しない。

(コ) 右(ケ)において認定した被告人口座から有徳口座への資金の移動は、有徳の業者に対する仕入代金及び人件費や水道光熱費等の諸経費の各支払の必要に応じ、そのための概算という形で行われていたものであり、右各支払以上に有徳の売上利益を上積した金額の資金が移動されて有徳に右利益が月々蓄積されていたものではなく、また右概算が支払われた後に被告人と有徳との間で本件医療材料取引の売買代金額の確定及びそれに伴う右の移動資金の精算は行われなかった。

(2) 右(1)において認定した各事実に基いて判断するに、右(1)(オ)のとおり有徳名義で業者から購入された医療材料はいずれも本件病院における医療行為のために使用され、或いは、それが予定されていたものであるが、仮に弁護人の右主張のとおり本件各年度において有徳から被告人に対して医薬品は単価の八割で、それ以外の医療材料は有徳の購入価格の一二割でそれぞれ売り渡されていたものであれば、有徳は本件医療材料取引に関して相当額の利益を得ていたはずである(主任弁護人作成の昭和六一年六月二四日付冒頭陳述書及び同年一〇月三〇日付冒頭陳述訂正書に各記載の有徳の各業者からの仕入額を前提とすると、有徳の本件医療材料取引による売上高から売上原価を控除した粗利益は、昭和五六年において医薬品が三四二一万三七三五円、それ以外の医療材料が一二三万一八三七円の合計三五四四万五五七二円、昭和五七年において医薬品が三〇二三万六三四一円、それ以外の医療材料が七四万二七一二円の合計三〇九七万九〇五三円のいずれも多額に上ることとなる。)にも拘らず、右(1)(ケ)及び(コ)における各認定のとおり、被告人の有徳に対する資金移動における唯一の入金方法であった有徳口座において少なくとも右のような相当額の利益が蓄積又は留保されたことはなかったものであるうえ、被告人口座から有徳口座に概算として移動された資金について本件医療材料取引の代金額の確定及びそれに伴う右資金の精算が行われなかったことに照らすと、被告人から有徳への預金口座上の右資金の移動は、有徳名義で仕入れた医療材料の代金その他有徳名義で発生する諸費用の支払の必要に応じ、かつ、それだけの目的で行われたものと認められるので、右資金の移動は有徳名義で購入した医療材料を被告人自身が有徳の右口座を経由して支払っていたにすぎないものというほかなく、本件医療材料取引に係る被告人から有徳に対する代金の支払を示すものではないと認めるのが相当である。

更に、弁護人の右主張に関して被告人は公判廷において、有徳を設立して有徳を通しての医療材料の仕入を開始した当初から、本件医療材料取引の販売価格を弁護人の右主張のとおりとする旨が高橋の指導を受けながら被告人と有徳の代表者としての和子との間で合意されていたうえ、被告人が病院経営を開始した昭和五二年四月以降継続して所得税の確定申告手続等を依頼してきた池儀三郎経理士(以下「池経理士」という。)又はその担当事務員に対して右の開始のころに右合意の内容を告知した旨供述するが、この供述は右(1)(キ)において認定した高橋作成の各伝票の記載内容と明らかに矛盾するもので信用できないうえ、関係証拠によると、右各伝票が記載されなくなった昭和五五年四月以降に右合意と同一内容の合意は少なくとも明確な形では行われなかったと認められる。

右の認定によると、本件各年度に関する限り、少なくとも弁護人の右主張にあるような明確に販売価格が定められた形で本件医療材料取引が行われた事実はなかったものと認めるのが相当であり、この事実に右(1)において認定した各事実を総合すると、被告人は右(1)(ア)において認定したとおりの企図の下に昭和五四年三月一四日有徳を設立し、同(ウ)のとおりその後薬事法所定の手続を経るとともに、同(エ)のとおり従来の医療材料の仕入先の一部に対して仕入人名義の有徳への変更を指示するなどして、同年末ころまでに本件医療材料取引の実施のための準備を行い、同(キ)のとおり、その後昭和五五年一月から三月までの間、高橋による右取引に係る各伝票の作成を初めとする有徳の会計帳簿の記帳等が行われるなどして右取引を試行するまでには至ったものの、右の間においても右取引における販売価格は未確定であったところ、同(キ)のとおり、その後高橋に対する有徳の会計処理についての指導及び助言等の依頼を解いたため、その後は右各伝票の作成及び右帳簿の記帳等の事務手続を被告人又は和子の手で行わなければならなくなったが、右事務手続は会計処理について特別の知識及び経験を有しない被告人及び和子にとって複雑かつ煩瑣であったためこれを実行することができず、また、右取引における販売価格も定められないままの状態で放置されて、結局右取引の実施は断念され、本件各年度においては右購入は全く行われていなかったものと認めるのが相当であるというべきところ、被告人は捜査段階においてほぼ右認定と同旨の供述をしているものであって、同供述は、右(1)において認定した各事実及びそれらに基づく右認定と矛盾なく符号し、信用性を具備するものであるとともに、右認定を裏付けるに足りるものというべきである。

そして、以上の認定を前提にすると、本件各年度において、医療材料が一部の業者から有徳名義で仕入れられ、有徳の薬事法所定の前記許可が更新され、また、有徳による管理薬剤士である磯部の雇用が継続されていたことは、いずれも右の準備段階において行われた諸手続が右各年度においてなお形骸だけのものとして実態に合致させることなく放置され残存していたにすぎないものと認められ、また、右業者の一部に対する支払が被告人口座から有徳口座への資金移動を敢えて行った後に有徳口座から払い戻された資金によって行われていたことは、被告人の租税負担を少しでも軽減するため、実施されていない本件医療材料取引をなお存在するものと仮装するべく行われていたと認められるものであるから、右の諸点は前述した認定を左右するものではないと解すべきである。

(3) 以上のとおりであるので、一部の業者に対して仕入代金の債務を負担する者が有徳であるか否かはさておき、本件各年度において本件医療材料取引が実施されていた事実は全くないと認められるから、右事実の存在を前提とする弁護人の主張は右の点において既に理由がない。

(二) 販売業者からの仕入の被告人への帰属について

ところで、この点に関し、検察官は、医療材料のうち業者から有徳名義で仕入れられたものについてその代金を被告人の開業医としての営業のための必要経費と認め、被告人の事業所得上の支出として取り扱っているので、この当否につき付言する。

まず、関係証拠によると、少なくとも本件各年度において有徳名義で販売業者から購入された医療材料の代金はいずれも全て被告人の所得に係る必要経費として確定申告が行われているものであるところ、右各確定申告はいずれも直接には前記のとおり被告人が右申告手続を委任していた池経理士の担当事務員である土田賢一(以下「土田」という。)によって必要な調査及び書類の作成等の準備が行われていたものであるが、被告人は、土田による右準備が一応終了し、被告人の所得について試算表が作成されると、確定申告書の作成前に同表を土田とともに検討し、必要な訂正及び修正を加えたうえで右申告書が作成されていたことが認められるので、被告人は右各申告の際に有徳名義で購入された医療材料の代金を自己の所得に係る必要経費として申告することを認識していたものと認められる(右の点に関して被告人は公判廷において、池経理士又は土田に対して、有徳による医療材料の仕入は被告人自身による業者からの仕入と区別し、決算上前者は有徳の経費として取り扱うよう依頼していたものであり、証拠上明らかである有徳の法人税の確定申告が設立以来全く行われていなかった事実に関しては、有徳は不動産を所有して不動産取引をも行っていたので、その所有建物について大幅な減価償却が認められるため、決算を現実に行ったわけではないが、実所得は損失か多くとも存在しないものと考えていたところ、法人税の確定申告は所得が生じた場合だけすれば良いと誤解していた旨供述する。しかし、右供述は右(一)(2)において述べたとおり、少なくとも被告人の認識として生じていたはずの有徳の本件医療材料取引による多額の収入の存在を前提とする被告人の公判供述に照らし、決算を現実に行わずに実所得が損失又は存在しないと考えていたとの点において信用することができず、更に、有徳の法人税の無申告の事実に照らすと、有徳名義の医療材料の仕入を被告人自身によるそれと区別していたとの点も不合理であって信用することができない。)。

そして、右認定の確定申告の際における有徳名義の仕入代金の帰属に関する被告人の認識によれば、被告人が有徳名義の医療材料の仕入を自己と業者の直接取引と考えていたものと認められるところ、これらの被告人の認識は被告人の捜査段階における同旨の供述によって十分に裏付けることができるものというべきであり、直接取引であるとする被告人の右認識に有徳名義で仕入れられた医療材料が本件病院において現実に使用されていた事実及びそれにも拘らず右(一)(3)のとおり右医療材料が有徳から被告人に売り渡されたものではないとの事実を総合すると、右医療材料の仕入代金は客観的にも被告人の病院経営に係る必要経費と解するのが相当である。

以上のとおりであるので、右(一)(3)において述べたとおり、仮に、有徳名義で業者から仕入れられた医療材料に関する民事上の代金支払義務者につき、これを有徳とする見解が成立するとしても、被告人が有徳から右医療材料を購入した事実はないものと認められ、そうであるからといって、被告人は有徳から右医療材料の贈与を受け、或いは、それらを事実上自己の医療行為に使用していたにすぎないもので、それ故、被告人には右医療材料に関して何等の必要経費が生じていないものと解するのも明らかに相当といえないのであるから、右医療材料の業者からの有徳名義での仕入額に相当する経費が被告人に生じているものとして取り扱い、被告人の必要経費である医療材料費の一部としてこれを被告人の所得に帰属するものと認めるほかないのであって、検察官のこのような取扱には相当な理由があるものである。

2  日医工新潟等からの仕入額について

弁護人は、被告人の医療材料の仕入額について、(一)昭和五六年の日医工新潟に対する期中支払額は、検察官の主張する二七九万一〇〇〇円に止まらず、五六九万一〇〇〇円に上り、(二)武田医科器機店こと武田忠雄(以下「武田」という。)に対する期中支払額は、検察官の主張する昭和五六年分一九七万二七〇〇円、昭和五七年分七四万六〇〇〇円に止まるものではなく、昭和五六年が八二〇万五九九〇円、昭和五七年が一一〇三万七七〇〇円に上り、(三)検察官の主張するラクール薬品販売株式会社(以下「ラクール薬品販売」という。)が被告人に対する昭和五五年度中の売掛金中一八五万二一〇〇円を昭和五六年において値引処理した事実はなく、被告人は同社の従業員横山嘉明に対して同年中に右売掛金を支払った旨主張するので、以下、弁護人の右各主張について検討する。

(一) 日医工新潟に対する期中支払額について

(1) 弁護人らは、被告人の日医工新潟に対する昭和五六年中の期中支払額が、同年三月四日の二六〇万円、同年四月三〇日の一〇〇万円及び同年六月二五日の二〇九万一〇〇〇円の合計五六九万一〇〇〇円であった旨主張するので、この点について検討する。

(2) 金尾勇三作成の答申書中の売上元帳写には、同社の有徳に対する売上に係る昭和五六年中の有徳からの入金が同年三月三日の一三〇万円、同年四月三〇日の六〇万円及び同年六月二五日の八九万一〇〇〇円の合計二七九万一〇〇〇円であった旨が記載されているが、同社作成の領収書及び請求書綴の写には、弁護人らの右主張のとおりの各支払額が記載されているところ、右の齟齬について、同社の代表取締役として右取引を担当していた証人藤城雄爾(以下「証人藤城」という。)は公判廷において、必ずしも右当時の記憶は定かでないとしながらも、有徳宛に発行した領収書中には自己が実際に受領した金額を超えた架空の金額を記載したことがあり、その金額と平仄を合わせるため従前の取引において実際には売上から値引されていた金額の一部を値引がなかったものとして処理した架空の金額を記載して作成し直した請求書をも有徳宛に交付したことによるものであって、同社の実際の入金額は右元帳写の記載が正しいものと判断している旨供述し、また、証人金尾勇三(以下「証人金尾」という。)は公判廷において、自己は実際上同年七月以降右藤城の実質的な後任者として同人の右取引を引き継いだ者であるところ、同年六月二五日付の右領収書を自己が作成したが、有徳から二〇〇万円を超えるような現金を一時に受領した記憶はなく、右領収書は右藤城の指示に従って内容を検討せずに作成したものである旨供述しているうえ、右元帳写によると、右藤城(以下「藤城」という。)が担当していた昭和五四年一二月から昭和五五年一二月までの右取引における売上が合計七九五万九五〇〇円であるのに対して値引が合計五七〇万五〇〇〇円に上っていて昭和五六年以前の右取引の実情に照らしても、証人藤城の供述及びそれに基づく右元帳写の記載内容は合理的であり、信用に値するものというべきである。

(3) これに対し、証人野沢和子(以下「証人和子」という。)及び被告人はいずれも当公判廷において、日医工新潟との取引においては常に前記各領収書の記載金額にほぼ見合う金額の支払をしており、仮に値引が行われたとしても支払額の端数の数千円に止まるものであるうえ、有徳口座の通帳の写に昭和五六年三月三日及び同年六月二五日にそれぞれ弁護人らの右主張と同額の金員が払い戻された旨の記載があることに基づいて、右の各払戻はいずれも同社に対する各同日の支払に当てられた旨供述するが、右各供述はそれ自体弁護人らの右各主張にいう個別の各支払についての明確な記憶に基づくものでないうえ、右通帳の写の記載についても、右各払戻はいずれも同日のそれぞれ二〇〇万円及び四〇〇万円の被告人口座からの各資金移動の直後に記載されているところ、右各供述によると、右通帳の写に記載のない同年四月三〇日の支払については被告人又は有徳としての手持現金によって行われたものであるとしている点に右1(一)(2)において認定した被告人の有徳口座への資金移動全般についての動機を合わせ考えると、右各払戻はその前提となる右各資金移動による入金に合理性及び必要性が認められないことから後記(二)(6)における認定と同様に金額が架空の領収証の信用性を高めるためにことさら行われたものである疑いが濃厚であるので、右各供述はいずれも信用することができない。

(4) なお、証人藤城及び被告人の各公判供述によると、藤城は有徳との前記取引を担当していた当時に被告人に対してある程度の接待を行ってその費用を日医工新潟として負担したことが認められるが、それ以上に同人が被告人から受領した売上金を同社に入金せずに自ら着服したり右接待の費用に流用したりした疑いがあるとまではいい難く、また、前記元帳写には趣旨不明の数字の記載があるが、これらの数字を合計しても四九万四七五〇円に止まることに照らし、右記載は以上の認定と特段の関連はないものと解するほかなく、更に、右元帳写によると、右(2)における認定のとおり右取引の担当者が実質上も藤城から前記金尾に交代した昭和五六年七月以降昭和五七年一二月までの右取引における値引額は四万九二〇〇円に止まることが認められるが、この点については、証人藤城及び同金尾の各供述等の関係証拠を総合すると、右交代のころに薬価の引き下げが行われ、その後は販売競争の激しい医薬品業界においても値引の形をとって医薬品を実質上廉価で販売する必要性が一般的に減少したためであることが窺われるから、右(2)において認定した藤城の担当当時の値引額が必ずしも不自然なものではなかったと認められる。

(5) 以上のとおりであるので、右(2)において述べたところによって、被告人の日医工新潟に対する昭和五六年の期中支払額は合計二七九万一〇〇〇円に止まるものと認められるので、弁護人らの右主張は理由がない。

(二) 武田に対する期中支払額について

(1) 弁護人らは、被告人の武田に対する本件各年度の期中支払額が、昭和五六年において、一月の一三五万七三九〇円、二月の一二八万三八〇〇円及び二〇八万二〇〇〇円、三月の一五〇万円、七月の五〇万円、一一月の一四〇万円並びに一二月の一九万二八〇〇円の合計八二〇万五九九〇円、昭和五七年において、一月の三二四万円、二月の三〇一万三七〇〇円、三月の一一万六〇〇〇円、五月の四〇三万八〇〇〇円及び一二月の九八万円の合計一一〇三万七七〇〇円であった旨主張するので、この点について検討する。

(2) 証人武田忠雄は公判廷において、結論として弁護人らの右主張に副う供述をするが、その内容を検討すると、被告人に対する右各年中の売上額についてそれぞれ右(1)記載の合計額を相当上下する金額を供述してその内容に大きな変遷があること、本件の捜査段階においては自己の弟の多額の債務の返済資金を捻出するために自己の右各年における収入を過少に申告していたので保身の余り虚偽の供述をしたとし、右の過少申告においては、他の売上先については実際の売上額を申告したが、被告人に対する売上額だけを実際より減額して同額を右の捻出資金としたとしながら、右減額高と右捻出額であるとする右各年の合計約一二〇〇万円とが相当程度相違すること、右過少申告の根拠としたとする前掲伝票綴(昭和六〇年押第一四号の8)を作成した経緯について供述が変遷しており、特に第七回公判においては右伝票は右申告に際して秘匿した売上が記載されているのに、それに基づいて右虚偽の供述をした旨の矛盾した供述をしていること、被告人に対して売上が架空の領収証を交付した回数ならびに前掲各伝票綴(同年押第一四号の5及び7)における架空の売上の記載の有無についての各供述が変遷していることなどの諸点を指摘することができ、右各点に武田が被告人に対する国税局の本件に係る査察が開始された後も被告人との取引を継続していること及び被告人の公判供述によって認められるように武田が公判廷において右供述をした後は被告人と同人との取引高が増大していることを合わせ考えると、武田は公判廷において取引先である被告人に対して有利な虚偽の供述をした疑いが濃厚であり、その供述は信用することができない。

(3) また、弁護人らが取調請求した武田作成の昭和五六年度領収書・伝票一綴写及び昭和五七年度領収書・伝票一綴(昭和六〇年押第一四号の34)には弁護人らの右主張に副う記載があるが、その内容を検討すると、前者、つまり、昭和五六年度の領収書・伝票については、昭和五六年二月二八日付領収書が二枚存在すること、被告人の公判供述によって一定期間使用後に補充するために武田から仕入れられていた滅菌消毒用のガスであると認められる「EOガス」が同年三月九日、四月二〇日、六月一日、八月一〇日、九月二六日及び一二月二三日に各一本仕入れられているのに、同年一月二五日だけ二本仕入れられていること、同年一月二五日付請求書の請求額が二六四万一一九〇円であり、同月二九日付領収書の金額が一三五万七三九〇円であるにも拘らず、同年二月二五日付請求書には前月の請求高及び入金高はいずれも〇円、本月のお買上高及び御請求高がいずれも二〇八万二〇〇〇円との記載があって平仄が合わないこと、同年三月二五日付請求書には前月分入金高が二〇八万二〇〇〇円と記載されており、同年二月二八日付の右領収書二枚の内一枚の記載金額である一二八万三八〇〇円に相当する入金が記載されていないこと、同年六月二五日付請求書記載の前月請求高及び本月御買上高の合計である本月御請求高は四〇万二九〇〇円であるのに、同年七月一二日付領収書の記載金額は右請求高を上回る五〇万円であること並びに関係証拠上武田の被告人に対する売上の請求締切日は毎月二五日であったことが認められるにも拘らず、同年一一月付請求書には右締切日及び作成日付の各記載がないうえ、前月分入金高として一四〇万円との記載があるところ、右入金を示す領収書の作成日付は同月三〇日とされており、右請求書の右締切日及び作成日付を同月三〇日と理解しなければならず、同月に限って右締切日が変更されたことになることを、また、後者つまり、昭和五七年度の領収書・伝票については、昭和五七年一月二五日付請求書には本月お買上額として三三一万八〇〇〇円の記載があるにも拘らず、請求明細書の合計額は三二四万円に止まり、七万八〇〇〇円分の右明細書が欠落しているうえ、関係証拠上実際の仕入であることが明らかである同年三月、四月及び六月分の右明細書が欠落していること、被告人が公判廷において前者中の右明細書に基づき、昭和五六年二月二日及び二三日にそれぞれ仕入れたホスピタルカセッター及び丸石ギブスバンジーはそれ以後全ての業者から全く仕入れておらず、同年三月五日に仕入れたユートクサープはそれ以後他の業者である竹虎から仕入れている旨供述しているにも拘らず、後者中の右明細書には、昭和五七年二月二日、一四日及び一六日にそれぞれユートクサープ、ホスピタルカセッター及び丸石ギブスバンジーが仕入れられた旨の記載があること、前者の右明細書にはナースサンダルが昭和五六年三月二四日及び九月二一日にそれぞれ七足及び一〇足仕入れられた旨の記載があり、被告人が公判廷において右サンダルの仕入は本件病院の看護婦に春と秋の年二回支給する分の一部である旨供述しているにも拘らず、後者の右明細書には昭和五七年五月一五日に右サンダルが一〇〇足仕入れられた旨の記載あること、右に認定したとおりの事情によって前者の右明細書に右認定の頻度で仕入れられた旨が記載されている「EOガス」の仕入について、後者においても右明細書上昭和五七年七月二八日、一〇月六日及び一一月二五日に各一本仕入れられた旨の記載があるにも拘らず、右明細書が全く存在しない同年三月、四月及び六月を除いても同年一月、二月及び五月分の右明細書に右ガスの仕入の記載が全くないことは不自然であること、関係証拠上被告人の武田に対する実際の支払であることが明らかである同年三月三一日の一一万六〇〇〇円の支払を示す領収書が欠落していること並びに同年二月二五日付請求書には前月請求高三三一万八〇〇〇円から前月分入金高を控除した前月分残高七万八〇〇〇円及び本月お買上高三〇一万三七〇〇円の合計三〇九万一七〇〇円が本月御請求高である旨の記載があるのに対し、同月二八日付領収書には三〇一万三七〇〇円との記載があり、また、同年五月二五日付請求書には前月請求高四万五六〇〇円から前月分入金高〇円を控除した前月分残高四万五六〇〇円及び本月お買上高四〇三万八〇〇〇円の合計四〇八万三六〇〇円が本月御請求高である旨の記載があるのに対し、同月三一日付領収書には四〇三万八〇〇〇円との記載があり、右各領収書の記載金額によると、いずれも前月分残高が存在するにも拘らず当月仕入分に相当する金額だけが支払われたこととなり、不自然な支払方法と解されることをそれぞれ指摘することができる。以上の諸点に照らすと、右の本件各年度の領収書等一綴及びその写は、いずれもその内容に不自然又は不合理な点が多く見受けられ、実際の取引を記載した領収書及び請求書等を破棄したり、架空の同書類を挿入したりして作成されたものであるとの疑いが濃厚であって、全体として信用することができない。

(4) これに対し、証人平田純敏の供述、被告人(昭和五九年九月一三日付(一))及び武田の検察官に対する各供述調書並びに各伝票綴(昭和六〇年押第一四号の6、8及び9)によると、被告人の武田に対する期中支払額は、昭和五六年が、二月の六四万一九〇〇円、五月の四万八〇〇〇円、七月の五〇万円、一一月の七〇万円及び一二月の一九万二八〇〇円の合計額から備品勘定に振り替えられた一一万円を控除した一九七万二七〇〇円、昭和五七年が、三月の一一万六〇〇〇円及び一二月の九八万円の合計額から機械勘定に振り替えられた三五万円を控除した七四万六〇〇〇円であった旨が認定されるべきところ、右各証拠自体に不合理又は不自然な点がないうえ、それらの相互間にも矛盾又は抵触する部分はなく、十分信用に値するものと認められるばかりか、右各証拠と矛盾する前掲の各伝票綴(昭和六〇年押第一四号の5及び7)並びにこれらとほぼ同趣旨の右(3)掲記の各証拠についても、武田の右供述調書によると、武田が、本件各年度の暮ころ及び右各年度分の確定申告時に各一回、被告人の依頼で架空の領収書及び請求書等を交付し、特に昭和五七年分については、自己の帳簿類が税務調査を受けることによって被告人の経費の架空計上が発覚するのを防止するため、右調査が行われた昭和五八年五月三一日の前である同月二五日ころに先に被告人に交付しておいた架空の右各書類に基づいて自己の売上帳(右押同号の5)を作成し直したものであると認められることに加え、右(2)及び(3)において認定したとおり、弁護人らの右主張に副う有力な証拠というべき武田の公判供述並びに右(3)掲記の各証拠の信用性が欠如している事実に照らすと、前記各証拠によって、被告人の武田に対する本件各年度の期中支払額は右のとおりであると認めるのが相当である。

(5) 弁護人らは、右(4)掲記の各証拠中、伝票綴(昭和六〇年押第一四号の8及び9)について、昭和五六年一月及び六月並びに昭和五七年二月及び四月の各二五日付請求書記載の前月請求高がいずれも各前月の本月御請求高と一致せず、伝票綴(昭和六〇年押第一四号の6)について、それに記載されている昭和五七年三月及び一二月の各二九日の一一万六〇〇〇円及び九八万円の各入金が右押同号の9の伝票綴に記載されていないので、右各伝票綴の記載は信用できない旨主張するが、右各伝票綴の記載内容を検討すると、右各請求書上の前月請求高と各前月の本月御請求高の差額は、それぞれ昭和五六年一月二五日付請求書が一三五万七三九〇円、同年六月二五日付請求書が四万八〇〇〇円、昭和五七年二月二五日付請求書が一九万二八〇〇円(但し、同年一月分の請求書は存在しないので、昭和五六年一二月二五日付請求書との差額である。)、昭和五七年四月二五日付請求書が一一万六〇〇〇円であり、右各請求書における前月分入金高はいずれも〇円又は記載がないところ、右差額は昭和五六年一月分を除いていずれも右各請求書の前月である同年五月及び一二月(但し、昭和五七年一月分の請求書が存在しないため。)並びに昭和五七年三月における右(4)認定の実際の支払額と一致するので、右各請求書はいずれも各前月の右支払額を前月分入金高として記載せず、それと同時にいずれも同額を前月分請求高から予め控除する方法によって作成されたものと認めるのが相当であり、記載として若干不備との批判を免れないものではあるものの、前月分残額に本月お買上額を加えた本月御請求高を示す請求書としての機能は果たしているものであって、右の不備によって右各請求書の記載の信用性が減殺されるものではないというべきである。なお、右の認定に照らすと、昭和五六年一月二五日付請求書における右差額である一三五万七三九〇円はその前月である昭和五五年一二月中に支払われたものと推認される。また、右同号の6の伝票綴に記載されている昭和五七年三月二九日の入金が右同号の9の伝票綴に記載されていないことは、右に認定したとおりの事情によるものと認められ、同じく同年一二月二九日の入金が右伝票綴に記載されていないことは、同伝票綴が同年中の請求書控を綴ったものであり、請求書の控に右入金が記載されるとすれば昭和五八年一月二五日付のものとなることから、当然のことであって、右の各点は右各伝票綴の記載の信用性を損なうものではない。

(6) また、証人和子及び被告人はいずれも当公判廷において、武田に対する仕入代金の支払の際には常に右(3)掲記の各証拠中の各領収証にほぼ見合う金額を支払っており、仮に値引が行われたとしてもその額は支払額の端数の二万円以下に止まるうえ、有徳口座の通帳の写に昭和五六年一月二九日に同日付の右領収証と同額の一三五万七三九〇円が払い戻された旨の記載があることに基いて、右払戻は武田に対する同日の支払に当てられた旨供述するが、右各供述はそれ自体右各領収証記載の個別の各支払についての明確な記憶に基づくものでないうえ、右通帳の写の記載についても、同日の四〇〇万円の被告人口座からの資金移動の直後に記載されているところ、同日以外の右各領収証記載の各支払は有徳口座の写に払戻の記載がないことに照らして被告人又は有徳の手持現金によって行われたものと認められる点に右1(一)(2)において認定した被告人の有徳口座への資金移動全般についての動機を考え合わせると、右払戻はその前提となる右資金移動による入金に合理性及び必要性が認められないことに加え、右(5)において述べたとおり、右金額の支払は前掲伝票綴(昭和六〇年押第一四号の8)によると昭和五五年一二月中に行われたものと推認されるところ、弁護人らが提用する右(3)掲記の領収書等一綴の写によっても、請求書上は同月二九日に入金した旨記載されている点に照らしても、右払戻は金額が架空の領収証の信用性を高めるためにことさら行われた疑いが濃厚であるので、右各供述はいずれも信用することができない。

(7) 更に、被告人は公判廷において、右(3)掲記の各証拠に記載されている武田からの仕入品目中には現在も残存しているものがあり、また、武田とは昭和五二年の本件病院の開業当時から本件各年度までは一貫して少なくとも年間一〇〇〇万円前後の取引実績を有しており、右(4)掲記の各証拠による昭和五六年が一四八万〇三〇〇円、昭和五七年が一一六万六五〇〇円との仕入額は右実績と矛盾する旨供述するが、前者については、右(3)において指摘した同掲記の各証拠と被告人供述の間の矛盾が認められるうえ、その供述内容も、消耗品と認められる大量の医療材料を一時に仕入れたにも拘らず、その四年又は五年経過後になお残存しているとするものが少なくないなどの不自然な点が見受けられ、信用性の乏しい供述といわざるを得ず、後者についても、被告人は、昭和五八年及び五九年の各仕入額が、当初それぞれ約二〇〇〇万円及び一〇〇〇万円超であったと供述しながら、その後いずれも五〇〇万円であった旨供述を変え、他方、武田との取引は、昭和五八年五月三一日の本件に係る査察の開始後、武田が虚偽の供述をしていたために激減したとしながら、武田の供述内容を知ったのは同年末であったとするもので、同年中の仕入額が右のとおり激減したとすることと矛盾するもであり、右(2)において指摘した証人武田の供述の信用性の欠如に照らしても、被告人の右取引実績に関する供述は全体として信用することができないものというべきである。

(8) 以上のとおりであるので、右(4)において述べたところによって、被告人の武田に対する期中支払額は昭和五六年が一九七万二七〇〇円、昭和五七年が七四万六〇〇〇円に止まるものと認められるから、弁護人らの右主張は理由がない。

(三) ラクール薬品販売に対する期中支払額について

(1) 弁護人らは、被告人がラクール薬品販売に対して医療材料の購入代金一八五万二一〇〇円を昭和五六年一二月に支払った旨主張するので、この点について検討する。

(2) 被告人の公判供述及び昭和五六年分の総勘定元帳一綴(昭和六〇年押第一四号の1、以下「昭和五六年分の本件総勘定元帳」という。)はいずれも弁護人らの右(1)の主張に副うものであるが、右供述は、被告人のラクール薬品販売に対する支払を示す領収書が現存せず、被告人が、同社からの購入を示す請求書及び納品書を全く交付されずに同社に対する未払額が不詳のまま請求されたとおりに支払をしていたもであり、昭和五六年においては右(1)記載の支払のほかに同年二月又は三月に二〇〇万ないし三〇〇万円の支払をしたなどの点で、いずれも不自然であるうえ、関係証拠上明らかな未払額以上の支払をしたとする点で不合理であって信用できず、右元帳の記載も被告人の関与の下に作成されたものであって信用することができない。

(3) これに対し、証人平田純敏の供述によると、本件に関与した査察官において、ラクール薬品販売から提出された答申書に基づき、同社と被告人又は有徳の取引に関し、昭和五五年期首の未払額二九七万円から同年三月に支払われた一一一万七九〇〇円を控除した残額の一八五万二〇〇〇円が同年五月及び七月に値引処理されたことによって未払額が消滅し、その後の取引は購入及び支払ともに全くない旨を認定したことが認められ、右査察官による認定は、その内容において合理的であって十分な信用に値するものと認められる。

したがって、弁護人らの右(1)の主張は理由がない。

3  被告人の棚卸資産額について

弁護人は、被告人の医療材料の棚卸資産額が昭和五五年ないし昭和五七年の各期末においてそれぞれ七〇〇万円、六五〇万円及び五〇〇万円であったとの検察官の主張は、何等の合理性及び根拠を有するものでないので、被告人に対する有罪認定の資料とすることはできず、むしろ、被告人には医療材料の在庫を必要な都度補充していたものであるから、右棚卸資産額は右各年において通年一定であった旨主張するので、この点について検討する。

(一) 被告人の検察官に対する昭和五九年九月一三日付供述調書(二)及び大蔵事務官に対する昭和五八年一一月八日付本文一四枚綴の質問顛末書、被告人作成の同年一〇月二六日付答申書、証人平田純敏の供述並びに大蔵事務官作成の医療材料費調査書(以下「医療材料費調査書」という。)抄本によると、被告人は昭和五五年ないし昭和五七年の各期末の棚卸資産額がそれぞれ七〇〇万円、六五〇万円及び五〇〇万円であったと推定される旨を本件の捜査段階において供述したこと、被告人は本件病院の関係者の中で右資産額を最も良く知悉していたこと、昭和五八年五月三一日当時の右資産額は七九二万二二六〇円であったことが実地に行われた棚卸調査の結果確定され、右金額には相当の信頼性が認められるところ、右当時は医療材料の在庫が右病院の廊下にまで置かれていた状態であって右金額は通常の右資産額より多いのもと認められること、右病院における医療材料は定常的に消費されて補充されていたものと認められるので、各期末の右資産棚は各期末近くの仕入金額に比例するのが通例と考えられるところ、医療材料の仕入先に対する調査等によって認定した昭和五五年ないし昭和五七年の各一〇月ないし一二月の仕入金額はそれぞれ約四七七万円、約一一八〇万円及び約九八三万円であり、被告人の供述した右各資産額の右仕入金額に対する割合は昭和五五年が約一四七パーセント、昭和五六年が約五五パーセント、昭和五七年が約五一パーセントとなり、昭和五六年及び昭和五七年は近似しており、昭和五五年が大きく異なるもののそれは同年末近くの右仕入金額が極端に少ないことによるものと認められること、右病院においては昭和五二年の開院当初は医療材料を大量に仕入れたが、その後の仕入額は激減していたことがそれぞれ認められる。

(二) 被告人の公判供述は、第二三回公判では弁護人らの前記主張と同旨の供述をしながら、第二一回公判では前記検察官主張額より多い年も少ない年もあると供述するものであって、一貫性を欠き信用することができない。

(三) 昭和五六年分の本件総勘定元帳に記載された期首及び期末の棚卸資産額については、被告人自身が査察及び公判の各段階において一貫して実際の調査に基づかない不正確なものであると供述しているうえ、同様の経過で作成されるべき昭和五七年分の総勘定元帳一綴(昭和六〇年押第一四号の2、以下「昭和五七年分の本件総勘定元帳」という。)には期首及び期末とも右資産額の記載が全く欠けていることに照らし、信用することができない。

(四) 右認定の各事実に基づいて判断するに、右(一)において認定したとおり、前記検察官主張額は、昭和五八年五月三一日当時の実地調査を経たうえで、棚卸資産額を最も良く知悉している被告人が推定した金額であって、関係証拠上一応の合理性が認められるうえ、弁護人らの前記主張は右主張額に比し、医療材料費の計算上昭和五六年について五〇万円分、昭和五七年について一五〇万円分がいずれも被告人に不利な結果となることに加え、本件において他に右(一)のとおりの方法で推定された右主張額に優る認定方法のないことを考慮すると、右資産額を右主張額のとおりであると認定するほかはなく、結局、弁護人らの右主張は理由がないというべきである。

4  棚卸資産及び買掛金の修正に基づく確定申告に対する被告人の故意について

弁護人は、被告人が本件各年度の所得税の確定申告に際して棚卸資産及び買掛金の修正(以下「修正」という。)の形で不正に会計処理されたと検察官が主張する医療材料費中の昭和五六年度の一二五三万一三三六円及び昭和五七年度の六八三万七七四七円は、被告人が右申告手続を委任した池経理事務所の土田によって一方的に記帳処理されたものであって、被告人は右各金額の部分について不正の行為によって所得税を免れる意思を有していなかった旨主張するので、この点について検討する。

(一) 被告人に本件各年度分の所得税に対する逋脱の故意を認めるについて、個々の収入及び経費に関する被告人の個別的な認識の存在を必要としないことは、前記二2(二)において述べたとおりであるので、弁護人の前記主張はそれ自体失当というほかない。

(二) 更に、被告人の検察官に対する昭和五九年九月六日付供述調書及び大蔵事務官に対する昭和五八年九月一日付質問顛末書、本件各年度分の本件各総勘定元帳、医療材料費調査書抄本、レポート用紙五枚のメモ(昭和六〇年押第一四号の3)並びに証人土田賢一の供述によると、右1(二)における認定のとおり、被告人は、土田による本件各年度の所得税確定申告書の作成に深く関与しており、特に、修正に関しては、土田が右各申告書に先立って作成した試算表に対して医療収入額から医療材料費額を控除した金額を同収入額で除した所謂荒利益率を各前年と同水準にするよう指示し、その結果土田が施した修正によって右各申告における右率は昭和五四年ないし昭和五七年についていずれも七一ないし七二・四パーセントと殆ど同率となったことが認められ、他方、右各総勘定元帳にはいずれも買掛金が記載されておらず、右3(三)における認定のとおり、昭和五六年分の右元帳記載の棚卸資産額が実際の調査に基づかない不正確なものであり、昭和五七年分の右元帳に右資産額の記載がないことに照らし、修正が実際の右資産額及び買掛金額を反映した正当なものとして行われる余地はなかったものと認められるので、被告人が修正の形で行われた計理操作について勘定科目品等の具体的な方法までは知らなかったとしても、不正な計理操作によって医療材料費を過大に計上して右各申告を行うことは被告人の指示に基づいて土田が行ったと認められるものであり、右認定に反する被告人の公判供述は右各証拠に照らして信用することができない。

したがって、修正の形で行われた医療材料費の前記各金額分の過大計上について被告人の故意に欠けるところは全くなかったものというべきであるから、弁護人らの前記主張は理由がない。

5  結び

以上のとおりであるので、弁護人らの医療材料費に関する前記各主張は全て理由がなく、被告人について生じた医療材料費は検察官の前記主張のとおり昭和五六年が三七三二万三〇三四円、昭和五七年が四四九九万五〇四一円にそれぞれ止まるものと認められる。

四  接待交際費について

1  弁護人らは、被告人の本件各年度における接待交際費は、検察官が主張する昭和五六年分二六三万三六三六円、昭和五七年分一二四万二四八三円に止まるものでなく、それ以外に、いずれも被告人が株式会社大和新潟店(以下「大和」という。)から購入して被告人病院の経営に係る接待又は交際の用に供した商品に関する接待交際費として、(一)昭和五六年について同年一月一五日付請求書による取引の内五〇万円、同年八月一五日付請求書による取引の内四六万円及び同年一二月一七日付請求書による取引の内四五万八四〇〇円の合計一四一万八四〇〇円が、(二)昭和五七年について同年四月二四日付領収書による取引二九万円及び同年八月一七日付請求書による取引六五万七〇〇〇円の合計九四万七〇〇〇円が存在するから、被告人の接待交際費の実際額は昭和五六年が四〇五万二〇三六円、昭和五七年が二一八万九四八三円に上るものである旨主張するので、この点について検討する。

2  昭和五六年分について

(一) 弁護人らの主張する昭和五六年中の前記三通の請求書記載の各商品が、いずれも被告人及びその関係者名義で大和に開設された各取引口座を利用して代金を後払にする所謂外商扱いの取引(以下「外商取引」という。)によって購入されたものでないことは、関係証拠上明らかであるところ、被告人の第二三回公判における供述は弁護人らの右1の主張に概ね副うもので、それによると、右各請求書記載の各商品の一部を被告人が大和から現金で購入し、右外商取引の担当者であった安藤一寛(以下「安藤」という。)が被告人の便宜を図るため後日作成して持参したものが右各請求書であるというもので、証人安藤一寛(以下「証人安藤」という。)も、概括的に被告人の右供述と同旨の供述をするが、その内容を具体的に検討すると、右各商品中の被告人が現金で購入したとする商品の特定及びその根拠が曖昧であり、具体的な商品の購入の有無について、第一一回及び第一四回の各公判における各供述間で変遷が認められるうえ、被告人の右供述と必ずしも一致せず、また、被告人の右供述は具体的な商品の購入数量及びその使途について、被告人自身の第二八回公判における供述と一致しない部分及び右証人の供述と符号しない部分があり、結局、被告人及び同証人の各供述は両者とも信用することができない。

(二) 他方、安藤は、検察官に対する供述調書において、前記各請求書記載の被告人との取引は全て架空のものである旨供述しているところ、安藤が右調書において昭和五七年分の領収証及び請求書については根拠を挙げて実際の取引に係るものもある旨供述していること並びに右調書の記載及び証人安藤の供述によっても安藤は国税査察官に対して供述して以来検察官に対しても一貫して同旨の供述をしていたものと認められることに照らし、安藤の検察官に対する右供述はその当時の記憶に基づいた正確なものとして十分に信用できるものと認められる。なお、右供述でいう架空の取引という趣旨が、外商取引として架空であるというだけに止まらず、現金による取引としても架空であることは、昭和五七年分についての右供述から明らかである。したがって、昭和五六年分の右各請求書記載の取引は全て架空のものと認められる。

(三) なお、豊岡弘之作成の答申書(記録一七八号)によると、昭和五六年分の本件総勘定元帳に計上された同年二月二八日の被告人の大和に対する八〇万円の支払が実際に行われたことが認められるが、右答申書によって右支払は大和との外商取引に係るものであることが認められるので、右支払の事実は同年一月一五日付の前記請求書記載の取引が架空のものであるとする右(二)の認定を左右するものではない。

3  昭和五七年分について

(一) 弁護人らの主張する昭和五七年中の前記二通の領収書等記載の取引が、いずれも被告人の大和からの現金による購入として実際に行われたものであることは、関係証拠上明らかである。しかし、被告人の検察官に対する昭和五九年九月一三日付供述調書(二)及び大蔵事務官に対する昭和五八年一一月八日付本文一四枚綴の質問顛末書によると、被告人は、国税査察官に対し、大和との取引に関して架空の領収書を受け取ったことはないと弁解しながら、一方で右二通の領収書等記載の取引はいずれも、昭和五七年八月に死亡した被告人の父野沢武治がそれまで数か所の病院に世話になった関係で、同年四月ころ及び八月ころにその謝礼として配った商品を購入したものであり、本件病院の経営とは無関係であると供述し、その供述を検察官に対しても維持していることが認められるので、右各供述は信用に値するものと認められるうえ、右父が数か所の病院を転院したとするのであるから、その死亡前の同年四月に謝礼が配られたとする点も不合理ではないので、右各領収書等記載の各取引は、被告人の個人的な用に供するための商品の購入に係るものと認められ、それらに要した支出は被告人の事業所得の計算上接待交際費として経費性を有するものではないというべきである。

(二) これに対し、被告人は公判廷において、昭和五七年四月二四日付の前記領収証記載の取引は本件病院の開院五周年を記念した会食の際に同病院勤務の看護婦らに贈った商品券の購入に係るものであり、同年八月一七日付の前記請求書記載の取引は具体的な使途は明らかでないが世話になった人達に贈った商品の購入に係るものであって、本件の捜査段階においてした右(一)記載の供述は自己の父の死亡前に謝礼をしたとする点で不合理である旨供述するが、これは、右請求書記載の取引に関する右供述がそれ自体不明確であり、右父の死亡月に関してさえ不明確な供述しかできないことから窺われる被告人の右供述の際の記憶の程度、更には右(一)記載の各証拠に照らしても、信用することができない。

4  結び

以上のとおりであるので、弁護人らの右1の主張はいずれも理由なく、被告人の本件各年度における接待交際費は右1記載の検察官主張額のとおりであったと認められる。

五  修繕費について

1  弁護人らは、被告人の昭和五七年における修繕費は、検察官が主張する二三三万二六五〇円に止まるものでなく、それ以外に、いずれも被告人が有限会社椎谷孝二工務店(以下「椎谷工務店」という。)に対して支払った本件病院の修繕費として、病院特別室改築等の工事(以下「本件改修工事」という。)の代金五〇〇万円並びに同年四月一九日支払の二八万六〇〇〇円、同年七月一五日支払の四五万九五〇〇円及び同月三一日支払の四二万円の合計六一六万五五〇〇円が存在するから、同年分の修繕費は八四九万八一五〇円に上るものである旨主張するので、この点について判断する。

2(一)  被告人の公判供述並びに証人椎谷孝二(以下「証人椎谷」という。)及び同斎藤国雄(以下「証人斎藤」という。)の各供述はいずれも弁護人らの右1の主張に副うものである。

しかしながら、右各供述を子細に検討すると、多くの矛盾や不自然な点があり、たやすく措信できない。すなわち、

(1) 右各供述によると、昭和五七年初めころに被告人が本件病院の改修を計画し、その具体的な設計及び監理を斎藤国雄(以下「斎藤」という。)に依頼したとするが、証人斎藤は、自己が椎谷孝二(以下「椎谷」という。)に改修部分を口頭で指示したに過ぎないもので、その具体的な指示内容を示す書類等は残存していない旨供述するのに、証人椎谷は、自己が、斎藤の設計に基づいて一五二三万四八六〇円の本件改修工事の見積書を作成して被告人に交付し、それに基づいて右工事を施工した旨供述し、また、証人斎藤が現実に施工された旨供述する給水設備、衛生及び撤去等の各工事明細が右見積書に記載されておらず、更に、斎藤には工事代金額については相談していない旨の被告人の公判供述を考慮しても、右証人の供述からは工事代金が五〇〇万円前後にも上るような右病院の改修を斎藤が椎谷に指示した事実はなかったものと認められる。

(2) 被告人の公判供述及び証人椎谷の供述によると、本件改修工事は、右(1)のとおりの見積書に基づいて一五〇〇万円の請負代金で被告人と椎谷工務店との間で契約が締結されたが、その後、右工事に伴う騒音等のために本件病院に入院中の患者及び近隣住民に対する配慮から、右契約による工事内容の約三分の一が完了した段階で右工事の続行を断念したとするが、被告人の公判供述によると、右契約における右工事の具体的内容は入院患者用の特別室の改装及びそれに付帯する工事であったとするところ、証人斎藤の供述によると、右特別室の改装工事を初め、右病院の内装及び外装の各補修工事はいずれも完了しているとするものであり、右両供述によると、本件改修工事はほぼ右契約による合意のとおりに実施されたことになってしまうものである。

(3) 被告人の公判供述及び証人椎谷の供述によると、昭和五七年二月ころの本件改修工事と同じころ、有徳の注文によって椎谷工務店がコーポ有徳の共同住宅の新築工事(以下「本件新築工事」という。)を請け負い、施工して完成したことはいずれも一致して認めるものの、右証人は、右両工事は並行して行われ、職人を相互に融通しながら右両工事を進めたと供述するのに対し、被告人の公判供述によると、右改修工事が右(2)のとおりの事情でその開始後約一か月で中止されたため、椎谷に対する配慮からその後に計画された右新築工事を有徳が右工務店に請け負わせたとするもので、それによると、右両工事の実際の施工期間は互いに異なることになる。

(4) 被告人の公判供述によると、被告人は椎谷工務店に対して昭和五七年二月九日に同日付の領収書記載の四〇〇万円のほかに右会社の簿外資金として六〇〇万円を支払ったとするが、右(3)の被告人の公判供述によると、右当時は本件新築工事を右会社に請け負わせるに至っていなかったことになるので、右(2)のとおり一五〇〇万円の請負代金で契約されたとする本件改修工事の契約時の前払金として、右代金総額の三分の二が支払われたこととなり、不自然である。

(5) 昭和五七年五月一七日の代金支払について、証人椎谷は、椎谷工務店が同日付領収書記載の一一三〇万円のほかに簿外資金として数百万円を被告人から受領したが、いずれも本件改修工事の代金を含むものであると供述する(この供述自体、右各金額の全てが同工事の代金であるとする先にした公判供述を変更したものである。)が、右(2)及び(4)の被告人の供述によると、右当時には既に右工事は中止されており、その実際の出来高に照らして約五〇〇万円相当の請負代金が過払であったこととなるので、右の各支払は全て本件新築工事の代金として行われたことになる。

(6) 証人土田賢一の供述及び昭和五七年分の本件総勘定元帳によると、土田は被告人から同年分の確定申告に際し、同年二月九日の四〇〇万円及び同年五月一七日の一一三〇万円の各領収書がいずれも本件改修工事の請負代金の支払に係るものであるとする説明を受けたことが認められるので、右(5)の被告人及び証人椎谷の各供述は土田に対する被告人の右説明と矛盾するものである。

(7) 右(1)ないし(6)に述べたとおり、被告人の公判供述並びに証人椎谷及び同斎藤の各供述は、本件改修工事の立案及び計画、その具体的内容、実際の施工期間、請負代金の支払時期等の重要な部分について相互に矛盾、抵触するものであるので、結局、いずれも全体として信用性を欠くものというほかない。

(二)  これに対し、被告人の検察官に対する昭和五九年九月一九日付供述調書(一)及び大蔵事務官に対する同年一月二〇日付質問顛末書、椎谷の検察官に対する供述調書二通並びに検察事務官作成の同年九月一一日付報告書によると、椎谷工務店は有徳から昭和五七年二月九日に本件新築工事を代金二〇〇〇万円で請け負って契約時の前払金として四〇〇万円を受領したこと、その後右工務店は、有徳から右工事に付随する追加工事の注文を受けて右新築工事と合わせて同年五月ころ工事を完了したが、有徳との交渉の結果、請負代金総額を二〇三〇万円とすることで合意したこと、右工務店は有徳から同月一七日に右残代金として一六三〇万円を受領したが、その際に椎谷は、被告人から同金員支払の名目を領収書上被告人病院の改装費として欲しいとの依頼を受けてこれに応じることとしたが、被告人に対してその引換に右金員の内五〇〇万円を簿外資金とするよう要請し、結局右領収書の金額は一一三〇万円とされたこと、椎谷並びに被告人及び和子は右五〇〇万円を簿外資金としたため右新築工事等の請負代金額を一五〇〇万円とする契約書を作成し直すとともに、本件改装工事の存在を仮装するべく椎谷が右工事に係る右(一)(1)記載の見積書を作成して被告人に交付したこと、椎谷はその後、右工務店の下請業者に対する請負代金の支払資金等が不足したため、右五〇〇万円を椎谷個人の右会社からの借入金の返済の名目で右会社に入金した帳簿処理をしたうえで右支払等に充てたこと、他方、右会社は、被告人から同年四月一九日ころ、七月一五日ころ及び三一日ころにいずれも被告人病院の小規模な修繕工事を請け負ったが、同年四月一九日ころ及び七月一五日ころのそれぞれ二八万六〇〇〇円及び四五万九五〇〇円の右各工事代金はその後の被告人及び有徳との取引上の交際を考慮していずれも請求しない取扱としたことの各事実が認められ、右各認定は、右各証拠相互間、特に、被告人及び椎谷の各供述とその間に取り交された契約書及び見積書等の書類並びに工事受付帳及び総勘定元帳等の椎谷工務店の帳簿類との関係を矛盾なく説明するものであるうえ、その内容に不合理、不自然な点はなく、右各事実の認定に合理的な疑いは存在しないものというべきである。

(三)  なお、弁護人らの右1の主張のうち、被告人の椎谷工務店に対する昭和五七年七月三一日の四二万円の支払に係る部分は、検察官においてその支払に係る被告人の修繕費の計上を否認することなく被告人の確定申告どおり認容して本件における所得税の逋脱の対象から除外していることが検察官の冒頭陳述並びに大蔵事務官作成の修繕費調査書及び昭和五七年分の本件総勘定元帳に照らして明らかであるので、失当というほかない。

3  以上のとおりであるので、弁護人らの右1の主張は理由がなく、被告人の昭和五七年における修繕費は右1記載の検察官主張額のとおりであったと認められる。

なお、右2(二)における認定のとおりであるから、本件改修工事が行われたことを前提として被告人の昭和五七年分の所得税確定申告において計上された被告人病院の建物に係る同年分の減価償却費三七万四〇〇〇円も検察官の主張するとおり否認されるべきである。

六  消耗品費について

1  弁護人らは、被告人の昭和五六年中における消耗品費が、検察官の主張する一六八万八〇六六円に止まるものではなく、それ以外に、いずれも被告人が大和から購入して本件病院における用に供した商品に係る消耗品費として、同年六月一五日付請求書による取引の内三万三〇〇〇円及び同年一一月一七日付請求書による取引の内二万五〇〇〇円の合計五万八〇〇〇円が存在するから、被告人の同年分の消耗品費の実際額は一七四万六〇六六円に上ものである旨主張するので、この点について検討する。

2(一)  弁護人らの主張する右1記載の各請求書記載の各商品が大和との外商取引によって購入されたものでないことは関係証拠上明らかであるところ、被告人の公判供述は弁護人らの右1の主張に副うものであってその内容は前記四2(一)の被告人の供述と同旨のものであり、証人安藤も概括的に被告人の右公判供述と同旨の供述をするが、右両名の各供述は右四2(一)において述べたと同様の理由によって信用することができない。

(二)  他方安藤は、検察官に対する供述調書において、右1記載の各請求書記載の取引は全て架空のものであってそれらの商品を現金取引によって販売したこともない旨供述しており、この供述は右四2(二)において述べたとおり十分な信用に値するものと認められるので、右各請求書記載の取引は全て架空のものであったと認められる。

3  したがって、弁護人らの右1の主張は理由がなく、被告人の昭和五六年の消耗品費は右1記載の検察官主張額のとおりであったと認められる。

七  給料賃金について

1  弁護人らは、被告人の本件各年度に支出した給料賃金が、検察官の主張する昭和五六年分一九八九万一六一四円、昭和五七年分一九八七万三五三〇円に止まるものでなく、被告人が本間一也(以下「本間」という。)に対して昭和五六年中に給与月額二〇万円並びに賞与夏期分一七万円及び冬期分二六万円の合計二八三万円、昭和五七年中に右同額の給与合計六〇万円を支払ったものであるから、被告人の給料賃金の実際額は昭和五六年が二一六四万一六一四円、昭和五七年が二〇二六万三五三〇円に上るものである旨主張するので、この点について検討する。

2(一)  本間に対する支払給与額について

証人本間一也(以下「証人本間」という。)は、自己が昭和五六年一月から昭和五七年三月末に退職するまで実際に受領していた給与は月によって異なるが、月額五万円以下から一二万円前後であったと供述し、被告人の公判供述によると、本間に対する右期間中の給与月額は後記(三)の家賃相当額を含めて二〇万円であり、その内家賃相当額は月一二ないし一三万円であったとするもので、右各供述は、被告人の検察官に対する昭和五九年九月一九日付供述調書(二)における右期間中の本間に対する支払給与額が月額平均七万円であったとする供述と概ね一致するものであるので、被告人が本間に対して右期間中に実際に支払っていた給与額は右調書における被告人の供述のとおり月平均七万円であったと認定するのが相当である。

(二)  本間に対する支払賞与額について

証人本間は、自己が被告人から昭和五六年中に支給された賞与額は夏期分一七ないし一八万円及び冬期分二六ないし二七万円であった旨供述し、被告人の公判供述によると、本間に対しては昭和五六年夏に二〇万円位、同年冬に三〇万円位の各賞与を支給したとするところ、右各供述とも必ずしも明確でないうえ、直接の授受当事者として本来一致するべき右各支給額についての供述が相違しているなどの疑問があるものの、特に、証人本間の右供述についてこれを信用できないとするに足りる証拠が本件記録中に存在しないので、弁護人指摘のとおり、被告人が本間に対して昭和五六年中に少なくとも夏期分一七万円及び冬期分二六万の合計四三万円を支給したものと認めるほかない。

しかしながら、大蔵事務官作成の給料賃金調査書によると、被告人病院における常勤の従業員に対する昭和五六年中の支給賞与の年額は最大の者(鷲尾朝子)でも給与月額平均の三・〇八倍であることが認められ、検察官の認容した本間に対する昭和五六年中の賞与の年額である二四万円は右一において認定した給与月額平均の七万円に対する右三・〇八倍を超えるものであるところ、一方、関係各証拠によると、本間は、昭和五二年夏以降昭和五七年三月まで不定期の所謂学生アルバイトとして時には深夜呼び出されて、激しい肉体労働を求められることがあったとはいうものの、所詮本件病院及び有徳所有の共同住宅に関する雑役に従事していたにすぎないうえ、被告人の判断で独身の同人のため一戸建の居宅を無償で供与されるという便宜を受けており、また、右期間中、賞与を受領したのは昭和五六年の右二回だけであることが認められるので、被告人の本間に対する右支給賞与額中、右二四万円を超える部分は、被告人の個人的判断に基づく本間に対する恩恵的贈与と認めるべきものであり、少なくとも被告人の病院経営による事業所得に係る必要経費としての給料賃金に当たるものではないと認めるのが相当である。

(三)  本間の住居の家賃相当額について

被告人の公判供述及び証人本間の供述によると、本間は昭和五六年二月ころから昭和五七年三月末ころまで被告人所有の一戸建家屋に単独かつ無償で居住し、その家賃相当額は本間の労務に対する対価の一部の支払に代えて徴収されなかったものであるし、被告人の右供述によると、右家賃相当額は月額一二ないし一三万円であったとするが、被告人の右供述によると、被告人は少なくとも右期間中、右家屋を有徳に貸し渡していたとするうえ、後記一二2及び3における認定のとおり、被告人は右家屋を有徳に賃料月額五万円で賃貸していたものであるから、本間から家賃を徴収し得る立場にあった者は有徳であって被告人ではない以上、右家賃相当額の利益を被告人が本間に供与したことにはならない。また、本間が有徳に支払うべき家賃を被告人が有徳に支払うことによって間接的に被告人が本間に対して右利益を供与していたとする趣旨と解し得る被告人の公判供述は直ちに信用することができず、この事実を示す客観的な資料の存在しない以上、そのような事実は存在しなかったものと認めるほかない。

3  以上のとおりであるので、被告人が本間に対して支給することによって給料賃金として被告人の必要経費を構成する金額は、昭和五六年が一〇八万円、昭和五七年が二一万円にそれぞれ止まるものと認められるから、弁護人らの右1の主張は理由がない。

八  消耗備品費について

1  弁護人らは、被告人の本件各年度における消耗備品費が、検察官の主張する昭和五六年分二九一万三六〇〇円及び昭和五七年分一三六万四二〇〇円に止まるものではなく、それ以外に、いずれも被告人が大和から購入して本件病院の用に供した商品に関する消耗備品費として、昭和五六年分について同年四月一五日付請求書による取引の内一二万七九〇〇円、同年六月一五日付請求書による取引の内五万円及び同年一一月一七日付請求書による取引の内九万九五八〇円の合計二七万七四八〇円が、昭和五七年分について同年六月三〇日付請求書による取引の内二六万〇二〇〇円がそれぞれ存在するから、被告人の消耗備品費の実際額は昭和五六年分が三一九万一〇八〇円、昭和五七年分が一六二万四四〇〇円に上るものである旨主張するので、この点について検討する。

2(一)  弁護人らの主張する右1記載の請求書四通に記載の各商品が大和との外商取引によって購入されたものでないことは関係証拠上明らかであるところ、被告人の公判供述は弁護人らの右1の主張に副うものであってその内容は前記四2(一)の被告人の供述と同旨のものであり、証人安藤も概括的に被告人の右公判供述と同旨の供述をするが、右両名の各供述は右四2(一)において述べたと同様の理由によって信用することができない。

(二)  他方安藤は、検察官に対する供述調書において、右1記載の各請求書記載の取引は全て架空のものであってそれらの商品を現金取引によって販売したこともなく、特に、昭和五七年中の取引については右1記載の同年六月三〇日付請求書及びそれと金額が一致する同年七月三〇日付領収証以外の三回の取引について根拠を挙げて実際の取引である旨供述しており、その内容自体及び右四2(二)で述べたとおりの理由から右供述は十分な信用に値するものと認められるので、右各請求書記載の取引は全て架空のものであったと認められる。

3  したがって、弁護人らの右1の主張は理由がなく、被告人の本件各年度の消耗備品費はいずれも右1記載の検察官主張額のとおりであったと認められる。

九  雑費について

1  弁護人らは、被告人の昭和五七年における雑費が検察官の主張する二三七万六六一七円に止まるものではなく、それ以外に、本件病院の建物管理費として斎藤に支払った三〇万円及び右病院で使用しているモニターテレビ二台の購入代金四三万円の各雑費が存在するから、右雑費の実際額は三一〇万六六一七円に上るものである旨主張するので、この点について検討する。

2(一)  病院管理費について

斎藤作成の答申書によると、斎藤は有徳から昭和五七年五月二〇日に本件新築工事の設計監理料として六〇万円を受領したとしているが、被告人の公判供述及び証人斎藤の供述によると、右六〇万円中の三〇万円は本件病院の改修工事に対する設計監理料及び建物の維持管理に関する相談指導料であってそれを右新築工事の設計監理料に含めて請求したものであるとする。

しかし、前記五2(二)における認定及び関係各証拠によると、同年中に行われた右改修工事は椎谷工務店の同年四月一九日付請求書による請負代金二八万六〇〇〇円及び同年七月一五日付請求書による同代金四五万九〇〇〇円(但し、いずれも右会社は右各代金を被告人に請求書しなかった。)並びに同日付請求書による同代金四二万円に係るものだけであったことが認められる。

また、右各供述によると、斎藤と被告人との間に右相談指導料に関する具体的な合意はなく、通常それを有徳に対する建築工事の設計監理料の請求に含める取扱であり、斎藤として被告人宛に右相談指導料を請求したことはないとし、被告人の右供述によると、斎藤に支払うべき右相談指導料は実際は年額五〇万円前後が相当と思うが、同人の厚意に甘えて右相談指導料として独立の支払はしなかったところ、その穴埋めの趣旨も含めて、本来であれば必要のない右新築工事の設計監理を同人に依頼してその報酬の名目で六〇万円を支払ったもであり、その相談の具体的な内容は右病院及び有徳所有の各建物の補修を要する箇所についての相談のほか有徳の共同住宅の入居者確保の方法及び賃貸共同住宅の経営方針等にも及んでいたとする。

右各供述の内容に基づいて判断すると、仮に被告人が斎藤に対して右病院の建物の維持管理に関して相談し、同人から指導を受けていたとしても、それは、右認定の同年中に実施された右改修工事の規模に照らして、右両名の長期間に亘る交際に基づく斎藤の友人としての指導及び助言に止まるものであり、また、右交際に基づいて被告人が斎藤に有徳の各建築工事について設計監理を依頼していたものと認めるのが相当であり、したがって、右六〇万円は右答申書のとおり有徳の右新築工事の設計監理料として支払われたものと認められる。

(二)  モニターテレビ購入費用について

大蔵事務官作成の雑費調査書によると、被告人はその自宅の警備を依頼していた日本警備保障から昭和五七年一月から三月の間にモニターテレビ二台を代金三四万円で購入したことが認められるところ、被告人の公判供述によると、被告人は、右二台の内一台を被告人が極めて多忙なためにレントゲン撮影室へ出向く時間を節約する目的で同撮影の遠隔操作に、他の一台を被告人が待合室での待時間が長過ぎる患者の有無を確認するためにそれぞれ使用しているとする。

右供述は極めて多忙なはずの被告人自ら待合室にいる患者の待時間に注意しているとする点及び病院での医療に利用する器具を右警備保障会社から購入したとする点で疑問なしとしないが、本件において右供述を排斥するに足りる証拠は存在しないのであるから、被告人の右供述のとおり右各テレビが本件病院における医療行為のために使用されたものと認めるほかないものである。

そこで、右各テレビが同年一月に購入されたものである旨の被告人に最も有利な認定を前提とし、同年分の減価償却費として一二万五四六〇円(減価償却資産の耐用年数等に関する省令一条一項一号、別表第一中の器具及び備品1(耐用年数五年)並びに同令四条一ないし三項及び別表第一〇(定率法による償却率〇・三六九)参照)を被告人の事業所得に係る必要経費に算入することとする。

3  以上のとおりであるので、弁護人の右1の主張は、右2(二)のとおり被告人が購入したモニターテレビ二台の昭和五七年分の減価償却費一二万五四六〇円の限度において理由があるが、その余の病院管理費に関する部分及び右各テレビの代金が四三万円であるとする部分はいずれも理由がなく、右代金全額を雑費として必要経費に算入するべきであるとする点は失当である。

一〇  退職金について

1  弁護人らは、被告人が昭和五七年中に支出した退職金が検察官の主張する二〇万円に止まるものではなく、被告人が本間の退職金として同年三月に支給した一二〇万円を必要経費として認めるべきである旨主張するので、この点について検討する。

2  被告人及び証人本間は公判廷で弁護人らの右1の主張に副うかの如き供述をしているが、被告人の捜査段階における関係供述、すなわち、検察官に対する昭和五九年九月一九日付供述調書(二)及び大蔵事務官に対する昭和五八年一一月八日付本文一四枚綴の質問顛末書中の、昭和五七年三月に本間に対して退職金として二〇万円を支払ったので、これを必要経費として認めて欲しい旨の供述に照らして直ちに信用し難いものというべきである。

のみならず、仮に被告人の公判供述及び証人本間の供述のとおり、昭和五七年三月の時点で被告人が本間に支払った金額が一二〇万円であったとしても、右各供述によると、その内二〇万円は、本間が昭和五七年四月から北海道大学へ編入することとなった合格祝の名目で和子から交付され、また、約一〇〇万円は何の名目もつけられずに被告人から直接交付されたというのであり、被告人は、その理由として、単に本間が気に入ったためその時の気分で右現金を交付したもので、当時従業員に対する退職金の規程等はなかったと説明しているであって、前記七2(二)において認定した本間の本件病院における従業員としての地位、期間、その職務内容、住居の無償受供与等を併せ考えると、右支払額中の右1記載の検察官主張額である二〇万円を超える部分は、右七2(二)の賞与の場合と同様の被告人の本間に対する恩恵的贈与と認めるのが相当であり、必要経費には当たらないものというほかない。

3  したがって、弁護人らの右1の主張は理由がなく、被告人が昭和五七年中に支払った退職金は右1記載の検察官主張額のとおりであったと認められる。

一一  貸倒損失について

1  弁護人らは、被告人の交通事故の患者に対する自由診療による報酬について、(一)昭和五四年中の右診療の報酬中の二二二万九六二〇円及び(二)昭和五五年中の同報酬中の四三万九三九二円がいずれも回収不能となったから、右(一)及び(二)の各金額をいずれも貸倒損失としてそれぞれ昭和五六年分及び昭和五七年分の各事業所得に係る必要経費に算入するべきである旨主張するので、この点について検討する。

2(一)  昭和五四年中の自由診療収入(報告書(一)の別表<5>)について

被告人の公判供述、検察官に対する昭和五九年九月六日付及び一〇日付各供述調書、大蔵事務官に対する昭和五八年六月九日付質問顛末書並びに自由診療収入調査書及び大蔵事務官作成の同年一〇月二一日付査察官報告書によると、昭和五四年分の所得税の確定申告において、被告人は、交通事故の患者に係る自由診療収入について所謂現金主義を採用し、右事故の責任保険の保険会社から診療報酬が実際に入金された時点で収入として計上し、その収入を示す預金通帳の一部を池経理事務所に提出することにより、右診療収入として記帳させていたことが認められるので、同年中の右診療収入については実際に入金されたものだけが収入として計上されているものと認められる。

なお、被告人の大蔵事務官に対する昭和五九年一月二〇日付質問顛末書並びに新潟税務署長岩崎雅彦(記録三三九号)及び同田中祐輔(記録三六七号)各作成の証明書によると、被告人は、本件の査察の開始後に昭和五八年六月三日付で所得の隠蔽に対する反省の情を表す趣旨でとりあえず昭和五四年ないし昭和五六年分について各二〇〇〇万円及び昭和五七年分について三〇〇〇万円の各所得を増加する修正申告をし、更に、右査察の終了間際の昭和五九年一月一九日付で昭和五五年ないし昭和五七年分について右査察の結果と同一内容に所得を増加する修正申告をしたことが認められるが、右認定の昭和五四年分の右修正申告が行われた事情に照らすと、同申告において同年分の右自由診療収入に未収の同診療報酬分が収入として計上されたものではないと認められ、右各認定に反して同年分の所得についても右査察の結果に基づいた修正申告が行われたとする被告人の公判供述は右各証拠に照らして信用することができない。

右認定の各事実に基づいて判断するに、現金主義による診療収入の計算においてはそもそも未収の診療報酬が診療収入に算入されることはないから、後年度において右報酬が貸倒損失として必要経費に算入される余地はないと解するのが相当であって、弁護人らの右1の主張のうち昭和五四年中の右自由診療収入に関する部分は失当である。

(二)  昭和五五年中の自由診療収入(報告書(一)の別表<6>)について

被告人の公判供述及び報告書(一)は昭和五五年中の交通事故患者に対する自由診療収入に関する弁護人の右1の主張に副うものである。

しかし、右報告書の別表<6>の記載内容を個別に検討すると、

(1) 梶井重一及び梶井重子の分については、自由診療収入調査書及び松浦喜三作成の答申書により、昭和五六年四月二四日にいずれも日産火災保険株式会社から株式会社荘内銀行の被告人の預金口座に振込入金された旨の記載があり(なお、右調査書においては、右各入金が昭和五五年の診療に係るものであるにも拘らず、昭和五六年の自由診療収入に計上されているが、これは、同一の交通事故による被害者と推認される梶井美智子が昭和五五年一二月二五日まで受診していたため、昭和五六年になってから右三名の患者に係る診療報酬の請求書を一括して右保険会社宛に発送したことによるものと認められるところ、関係証拠によると、本件病院において交通事故に係る自由診療については、保険診療及び労働災害に係る自由診療と異なり、各月分の診療報酬を必ずしも翌月初旬に保険会社に請求していたものではなく、診療終了後に全診療期間に係る報酬を一括して右会社に請求していたものも少なくなかったうえ、患者又は右事故の加害者に請求している場合及び何等の請求もしないままに放置されている場合もあることが認められ、右のような交通事故に係る自由診療の報酬請求の実態に照らすと、被告人の同請求を俟たなければ、右診療による収入の発生を確定し得ず、少なくとも外部からこれを認識することができないものと認められるので、右自由診療の収入に限り右保険診療収入等と異なって被告人からの請求書の発送時点をもって収入が発生したものとして取り扱っている右調査書における収入の計上は相当ということができる。)、(2)村田純一、大関博及び小林直一の分については、右調査書によると、昭和五五年八月一八日、一一月一八日及び一〇月一五日にそれぞれ現金で入金された旨の記載があるのであって、(1)(2)については、右各証拠の作成経過に照らして右各記載は十分信用に値するものと認められ、右各認定に反する被告人の公判供述及び報告書(一)の記載は右各証拠に照らして信用することができない。

次に、その余の一〇名の分については、右調査書において、いずれも入金がないものとしてその分の診療報酬を所得の計算上昭和五五年分の診療収入から控除する処理が既に行われていることが認められるので、重ねて後年における所得の計算上貸倒損失として必要経費に算入することはできない。

3  以上のとおりであるので、弁護人らの右1の主張はいずれも理由がなく、被告人には右主張にいう貸倒損失は存在しなかったものと認められる。

一二  不動産所得について

1  本件における関係全証拠によっても被告人が有徳に貸し渡していた土地及び建物について賃料を現実に受領していた事実を認めることはできない。

2  しかし他方、右1の土地及び建物について被告人と有徳との間で明確な使用貸借契約が締結された事実を認めるに足りる証拠もないところ、新潟税務署長作成の昭和五八年一一月一六日付証明書(以下「本件証明書」という。)によると、有徳が被告人に対して本件各年度の各月における地代一八万円及び家賃五万円の各支払を損金として計上した法人税の確定申告書を昭和五八年一一月九日に提出したことが認められ、被告人の大蔵事務官に対する昭和五八年一一月九日付本文八枚綴の質問顛末書によると、被告人は右の確定申告について池経理士と十分な協議を行うなどの関与をして納得したうえで右申告書を提出したことが認められ、また、関係各証拠によると、右確定申告は、本件の査察によって有徳が設立以来全く確定申告をしていなかったことが判明したため、査察官の勧告に応じて行われたものであることが認められるが、その申告内容について査察官の違法不当な干渉が行われたとの事実は窺われない。

3  以上の各事実に基いて判断すると、被告人が実質的に関与した有徳の右2記載の確定申告において被告人に対する右2記載の地代及び家賃の各支払を損金として計上することによって有徳の申告所得額を減額する利益を享受した以上、右地代及び家賃の支払先である被告人に同額の収入が計上される不利益もまた甘受しなければならないというべきであるうえ、被告人と有徳の各所得を合わせて考えると、右1記載の土地及び建物に係る契約関係を賃貸借契約であるとした方が、大蔵事務官作成の不動産所得調査書記載の各支出が右地代及び家賃の収入に係る必要経費に算入されることによって、右関係を使用貸借契約とするより租税負担上有利であると認められることに鑑みると、右関係が使用貸借契約であるなど右申告の内容が客観的事実に反するとは認められない本件においては、右関係を賃貸借契約と認定するのが相当である。

したがって、仮に被告人の公判供述のとおり、右申告に際して査察官の指導によって右申告の内容に副う賃貸借契約書が本件各年度に遡って作成されたとしても、それは同年度における法律関係を明確化するための相当な方法であったと解することができるので、右認定を左右する事情とはいえない。

4  以上のとおりであるので、右1のとおり被告人と有徳との間に賃料の現実の授受がなかったとしても、所謂発生主義の原則により、被告人の所得の計算上は右2記載の地代及び家賃が被告人の不動産所得に係る収入として計上されるべきである。

一三  雑所得について

1  本件における関係全証拠によっても被告人が有徳に貸し渡した金銭に係る利息を現実に受領していた事実は認められない。

2  しかし、塚田達司作成の答申書(記録一二五号)及び大蔵事務官作成の雑所得調査書によると、被告人は、株式会社第四銀行小針支店から昭和五四年三月三一日に住宅建築資金として五〇〇〇万円を借り受け、昭和五六年中に二八一万五七七〇円を、昭和五七年中に二七七万七九六一円をそれぞれ右の借入金の利息として右支店に支払ったとされており、被告人の大蔵事務官に対する昭和五八年一一月九日付本文九枚綴の質問顛末書によると、右借入金が被告人の自宅の建築資金に充てられたことが認められるところ、右自宅は有徳が所有して被告人に賃貸されていることが関係証拠上明らかであるので、右五〇〇〇万円は有徳による右自宅の建築のために被告人から有徳に転貸されたものと認めるのが相当である。

他方、塚田達司作成の答申書(記録一二七号)によると、右支店の有徳に対する直接の貸付金はいずれも数百万円に止まるものと認められるところ、本件証明書によると、前記一二2において認定したとおりの経過で昭和五八年一一月九日に提出された有徳の前記確定申告書に有徳が右支店に対して本件各年度において右借入金に係る右同額の利息を支払った旨の記載があることが認められ、この記載は右支店において同額の利息を受領している旨の右認定に照らして十分な信用に値するものと認めらる。

3  右認定の各事実に基づいて判断するに、右2記載の各利息は実際上は前記五〇〇〇万円を被告人から転借した有徳によって前記支店に直接支払われたものと認められるが、右五〇〇〇万円の同支店からの直接の借主が被告人である以上、右各利息は有徳から被告人を経由して同支店に支払われたものと認定せざるを得ず、被告人に右各利息に相当する雑所得に係る収入が生じるとともに、同額の雑所得に係る必要経費が生じたものと認定するのが相当である。

したがって、右1記載の事実は右認定に何等影響を与えるものではない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項前段に該当するところ、いずれも情状により、所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択したうえ、同条二項前段を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文及び一〇条三項によって犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項によって判示各罪について免れた所得税の額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金三五〇〇万円に処することとし、同罰金を完納することができないときは、同法一八条一項によって金七万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置するが、情状によって同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によって全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は開業医である被告人が判示のとおり連続した二年分の所得税について合計一億八八〇一万二〇四二円の所得を秘匿して合計一億三〇七〇万四三〇〇円にも上る多額の所得税を逋脱したという事実であり、その所得税の逋脱率は、判示第一の昭和五六年分が約八九・四パーセント、判示第二の昭和五七年分が約八九・一パーセントであって、本件各年度分を合わせると約八九・三パーセントにも上るところ、被告人は、妻和子に命じて実際の収入より少ない一般窓口収入の明細帳を作成させ、保険診療及び自由診療に係る各収入を簿外の預金口座に振込入金させるなどして収入を除外し、取引先に依頼して医療材料費、接待交際費、修繕費、消耗品費、減価償却費及び消耗備品費等に係る架空又は過大の領収書及び請求書を作成させ、架空の従業員に対する給料を計上したりアルバイト学生に対する給料をその預金口座に振込支払した旨仮装するなどして給料賃金及び退職金を過大に計上し、給食材料費及び衛生費に係る領収書を自ら改竄するなどして必要経費を過大に計上し、更には、情を知らない経理事務所の事務員に指示して医療材料費、接待交際費、研究費及び消耗備品費等を過大に記帳させて利益調整を行うなどの方法で所得を秘匿していたものであり、その態様は極めて巧妙であって犯情悪質といわざるを得ないうえ、医師による多額の脱税事犯として、広く一般市民の納税意欲を著しく阻害させるとともに、医師全体に対する社会的信用を失墜しかねない犯行であり、被告人の責任は重大であって、主文第一項のとおりの懲役刑と罰金刑を併科するのが相当である。

しかしながら、他面、被告人は、前記認定のとおり本件による査察の結果等に応じて自ら右各年度を含む四年分の所得税について修正申告を行い、金融機関からの借入等によって少なくとも本件各年度分については係争中の重加算税を除いて正規の所得税を完納し、また、右査察後は自己及び有徳の会計処理について、それぞれ専従の経理担当の従業員を置き、現金による支払をやめて客観的な資料が残る銀行振込の方法で支払を行うなど収入及び支出の管理を改善して逋脱行為を繰り返さない旨の反省の情を示しているうえ、本件が広く報道されたことなどによって既にある程度の社会的制裁を受けたものとも考えられ、その他本件につき、医師法に基づく行政処分の可能性があること、被告人の現在に至るまでの医師及び開業整形外科医としての業績及び地域医療に対する貢献並びに被告人に前科前歴が全くないことなどを考慮すると、被告人に対する懲役刑は今回に限り、その執行を猶予するのが相当と思科される。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内信明 裁判官 奥林潔 裁判官高橋徹は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 堀内信明)

別紙(一)

所得金額総括表

<省略>

別紙(二)

修正損益計算書

<省略>

別紙(三)

脱税額計算書

<省略>

別紙(四)

所得金額総括表

<省略>

別紙(五)

修正損益計算書

<省略>

別紙(六)

脱税額計算書

<省略>

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